蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(1)  
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 <誇りの在り処>

      一  

 スナ・ハルマと堅い握手を交わす。本来ハンガラ族にはない風習だが、別れに際し、彼らの方から手を差し延べてくれた。
 通りを進む。デグランの後に続きながら、何度もこちらを顧みる子供達に手を振る。その姿が、すっかり人ごみの中に紛れてしまうのを見届けると、ユーリは改めて周りを見渡した。
 広大なイソラ砂漠。その西北に位置するニンダマーヤの町は、想像していたものよりも、ずっと大きなオアシスだった。白壁に映える、豊かな水に支えられた緑が眩しい。ほんの四日前、万に一つの可能性を信じて、砂の海をさすらったことが、夢のように思える。掌ほどの大きさの、周囲とは違う色味を示す砂を掘って、掘って、掘り続けて。ようやく、ひどく濁った水が涌き出た瞬間、みなで泣き、笑ったことが嘘のように感じる。
「俺達……生きてるんだよなあ」
 妙にしんみりとした口調で、テッドが言った。らしくないその声に、ユーリが後ろを振り返る。と、待ち構えていたかのように、テッドが笑う。
「じゃなきゃ、腹減って死にそうだ――なんて、思わねえだろうからな」
「おいらも、腹減ったぞ」
「わたしも。そりゃそうよね。砂漠で水は見つけられたけど、食べ物はどこにも落ちていなかったから」
「よし」
 随分と伸びた無精髭を一撫でして、テッドが言った。
「まずは、食い物屋だな」
「その前に」
 ミクの冷ややかな声が、一歩、踏み出そうとしたテッドの動きを止める。
「ここから先の足を確保しなければなりません。モルスが教えてくれたシャグ族に、まず、会わなければ」
「おい、あんまり無茶を言うな。疲れだって溜まっている。俺やユーリはともかく、少なくともガキ二人は」
「ガキって、わたしは」
「ガキとは何だ!」
「って、俺はお前らのために」
「分かりました」
 さらりとミクが、テッドの言葉を遮る。
「サナ、ティト、もう少し歩けますか?」
「わたしは大丈夫よ。ゆっくりなら」
「おいらもまだ、歩けるぞ」
「では、このまま進みましょう」
「おい」
「とにかく、シャグ族を探しましょう。腹ごしらえは、その後に」
 そう言うと、ミクは雑踏の向こうを見やった。
 路地に沿って、びっしりと商店の並ぶ町並みは、ハラトーマでも見られた光景だ。だが、この町は活気が違った。客を呼び込む声の明るさ。商品の数と種類。そこここに漂う匂いは、全て食べ物屋の屋台からだ。町の者の胃袋を満たしてなお、あり余る豊かさ。目に耳に、そして鼻に、ニンダマーヤの華やかさを感じる。
 さらに、この町の持つ賑わいは、行き交う人々の容貌にも現れていた。北方のウル国、シャン国から来たと思われる、どちらかというと平面的な顔立ちの者。赤みの強い髪と緑の目をした、一見アルビアナ大陸出身者かと思われるのは、さらに北にあるオアバーダ国の特徴らしい。それらに混じって、事実アルビアナ大陸出の者もいる。
 町の豊かさを支えるハトメ川は、深く、広く、そのまま東の海へと繋がっていた。そこには、シュイーラ国で最も大きな港町、ラディーナがある。北、南、そして東へ進む中継点として、このニンダマーヤは重要な町であった。
「確かシャグ族ってのは」
 串にサクサムという鳥の肉を刺して焼いたものを両手に持ちながら、テッドが言った。
「背が低くて、肩がこう前に出ていて、黒髪、黒目、四角張った顔立ちで――って、こうやって眺めていてもらちがあかねえな」
 がぶりと肉にかぶりつきながら、ユーリを見る。無言で、ユーリが頷く。同意は、その動作だけで示された。口いっぱいに頬張ったサクサムの肉が、彼から声を奪っていたのだ。
「このメルネというのも、美味しいわよ」
 サナが別の屋台から食料を仕入れてくる。丸く薄っぺらい生地を、焼いて丸めたもの。ぱっと見たところ、クレープのような感じだ。
「しかも、一枚たったの三バルだし」
「って、どれだけ買ってるんだよ」
「あら、みんなの分よ。はい、ユーリ」
「あ、ありがとう」
「テッドも。それからティトも。ミクは、どこかしら?」
「って、なにげに一枚多くねえか?」
「だって、五枚買ったら一枚おまけにくれたんだもの。だから――」
「うっ」
「ふぇっ」
 ユーリとティトが、そう声を出した。見ると、メルネにかじりついたまま、目と口を窄めている。
「おい、どうした?」
「すっぱい」
「キヨットという果実を挟んでるんですって。美味しいでしょう?」
 ユーリとティトが、揃って首を捻る。それを目にして、テッドはメルネに向って大きく開けた口を、速やかに閉じた。

 
 
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  第三章(1)・1