蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(2)  
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      二  

 砂の上に連なるデグランの足跡。十頭、二十頭、全部で三十一頭にも及ぶ、長い列だ。いずれも多くの荷を背に積み、深くその足を砂に沈ませている。
 シャグ族の隊商は、ハンガラ族よりも豊かだった。部族の長であるガジャ、その息子のラド、ゴラはもちろん、ユーリ達全員が、デグランに乗ることを許された。ハラトーマの街で、そしてニンダマーヤの町で、デグランを従えた隊商をいくつも見かけたが、これほどの規模のものは初めてだ。しかも、彼らシャグ族は、ハンガラ族と違い、町に居を構えることが許されている。金銭の絡む取引も自由だ。これらデグランを財産として考えた場合、かなりの富となる。しかし、それでもシャグ族は、ハンガラ族のさらに下の身分に位置付けられていた。人ではないこと、その一つだけを理由に、彼らは侮蔑の言葉を投げかけられた。にも関わらず、人に寄り添い、媚びへつらう姿を馬鹿にした。そしてそれら、人の多くが、彼らより貧しかった。
 先頭を行くガジャのデグランが、すっと後ろに下がる。赤と金の美しい飾り布を纏う長のデグランは、遠くからでもすぐに分かる。小柄なシャグ族は、デグランに跨ることはできない。片足は折りたたみ、あぐらをかくような形で鞍に乗せ、もう一方の足だけ鐙にかける。ほとんど立つような姿勢で、バランスを保ちながら近付く。
「この辺りが危ないんだ」
 ユーリ達のすぐ側にデグランを寄せ、ガジャは甲高い声を出した。百メートルほど先にある、砂のうねが連なる丘に向って、かさぶたのついた手を伸ばす。
「セガピムは、ああいう丘の下に巣を作っている。襲ってくる時は、斜面の上に跳ね上がるから、その機会を逃さず仕留めるんだ。坂を降り切ると、今度は下に潜ってしまうからな。次に会う時は、目の前って寸法さ。そうなったらもう、防ぎようがない」
「群れは、どのくらいの数なのです?」
「ざっと、百ほどかな」
 ミクの問いに、そう答えたガジャを見据え、テッドが肩をすくめる。
「おい、それを全部、倒せってか?」
「ふん」
 ガジャのかさついた堅い顎が、がくんと揺れる。
「いくらその武器でも、百匹は無理だろうな。二十匹程度、仕留めることができたら、群れは引く」
「二十匹ねえ」
 微妙な数字に、テッドが首を捻る。と、ガジャがまた大きく、顎を動かした。
「まあ、運が良ければ、十匹程度で引き下がることもあるが。失敗したら、失敗したまでだ。命がけで、戦うしかない。セガピムは大概、集中的に襲ってくるからな。とにかく、全滅さえしなければいいんだ。そうすれば、たんまり報酬を頂き、また新しい仕事にありつける。頭を下げ、おべっかを使い、根性なしの人間に代わって荷を運び、奴らの懐にあるものを、全部かっさらってやる」
 にやりと笑うその姿に、ユーリはしなやかな強さを感じた。プライドがないわけではない。彼らの心の中に、それは溢れんばかりにある。だが、彼らが表立ってそれを示すことはない。人とぶつかることが、今、この現状の中で対立することが、得策ではないと認識した上での生き方だ。踏みにじられる心の痛みは、体の痛みの比ではない。しかし彼らは歯を食いしばり、笑顔すら見せてそれに耐えている。耐え得るだけの誇りが、シャグ族にはあるのだ。
 デグランを自在に操りながら、ガジャが列を組替える。一列に進んでいた隊列を、二列に整える。危ないと示した砂の丘側に人の列、その反対に、荷の列を置く。いつでも矢を番えられるように長弓を持ち、片足だけを使いデグランの歩みを速める。常に砂の丘を睨みつけるように見ながら、進む。
 ユーリは、ガジャに倣って、その砂の丘を仰いだ。陽射しに照らされたうねの肌は、砂とは思えぬほど滑らかだ。非情な本質を忘れさせるほど、艶やかで美しい。と、その表面が、さらりと流れる。

 
 
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  第三章(2)・1