蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第六章 求めし者(1)  
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「我が国とここハラトーマとは、古くより親しい間柄と聞き及んでおりますが」
 これは事実だ。旧シュイーラ国、つまり、現シュイーラ国北部の長、ダンデマル族に南部一帯が統合される前、ハラトーマの交易の主力は、北ではなく東西にあった。西は部族ごとに分かれた小国、東は海。その海を伝って、さらに北方のシャン、オアバーダへ抜ける海路もあるにはあったが。沿岸線には旧シュイーラ国の息がかかった海賊が横行しており、彼らに襲撃されるリスクと大海に出る危険とを秤にかけ、ハラトーマはキーナスを選んだ。マズラに限らず、多くのハラトーマの商人が、キーナスとの交易経験がある。ハラトーマにほど近いカシュカルの港には、キーナス国よりの大型商船が、しばしば停留している。
「……ふん」
 その真実が、衛兵の口から一言だけを漏らし、立ち去らせる。
 兵士の大きな体が、路地の向こうへと消えるまで、頭を垂れたままであったテッドが、溜息と共に腰を伸ばした。大きく首を回し、ぼきぼきと肩を鳴らす。
「まったく、心臓に悪いぜ。目的地に辿りつくまで、一体何人を相手にしなけりゃならんのか。もう衛兵の姿は見たくない、というか、こっちが持たねえ。俺は元来、正直者の善人だからな。しれっと嘘八百言う才はないんだ。やっぱり次はお前さんに」
「そういう訳にはいかないことを、分かっていながら愚痴らないで下さい」
「お前さんねえ」
「ぐずぐずしている暇はないのですよ。早く、動いて下さい。どこに、衛兵の目が光っているとも限りません。私が先に立って歩くわけにはいかないのですから」
「分かったよ。ええと、この角を左か」
「右です」
「右だよ」
 ミクだけではなくユーリにまでそう指摘され、テッドは不満げに口元を歪めた。言われた通り、次の角を右に曲がる。入り組んだ細い道が、二つ、三つと分かれるたび、背後から声が飛ぶ。内心で、よく覚えているものだと感心しつつも、こうまで記憶力に差があることに、思わず溜息が出る。
 ミクはともかく、ユーリに負けているようじゃなあ。この上ここに、サナでもいたら――。
「そこを真っ直ぐ」
 囁かれたミクの声に従いながら、テッドが足を進める。
 三人が目指していたのは、モルスの家だった。目的は、預けた鎧を返してもらうため、だけではなかった。
 このまま領主の館に赴き、いくら中へ入れてくれと叫んだところで叶うわけはない。よって、この複雑極まりない街を知り尽くしているであろうモルスを、ユーリ達は頼ることにしたのだ。彼なら、館についても詳しいだろう。警備の具合、内部の様子。いずれいつかは、武力蜂起をと考えている彼なら。
「ここです」
 ミクの囁き声に、鋭さが滲む。反射的に、辺りを探る。衛兵の姿はない。つけられた形跡もない。後は。
「協力、してもらえるかな」
「してもらうさ」
 ユーリの不安にテッドが答える。
「でなけりゃ、ここにある命は救えない」
 唇を噛む。互いに強い決意を胸に抱く。昼夜を問わず、砂漠を駆け続けた自分達に残された時間は、一体どれほどのものなのか。盗賊団は、どこまで迫っているのか。全てはまず、モルスの説得から始まる。
 三人はもう一度辺りに視線を配ると、小さな扉の中にその身を滑り込ませた。

 

 
 
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