蒼き騎士の伝説 第五巻 | ||||||||||
第八章 暁(2) | ||||||||||
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「あっ、ミク。エダムが砂袋を」
「砲列甲板の方は、もう始めています。妙にテッドが張り切って作業をしているのですが、心配ですね」
「心配?」
「ええ。砂袋は、かなりの重さですからね。腰を痛めないかと」
ミクの苦笑にユーリも笑みを返しながら言った。
「そうだね。肝心な時に、役に立てなくなると困るな」
「もっとも、そうなった時はすでに、敗色は濃厚でしょうが」
「それって」
腕を組み、表情を厳しくしたミクに向ってユーリが尋ねた。
「白兵戦は、向こうが上だと?」
「船の大きさを聞きましたか?」
「いや」
「ジナルダ型というのは、単純計算で、およそゼンクト号の二倍あるようです。遠洋にも充分耐え得る載貨重量トン数の船を、海賊達は近海で使っている。要するに、私達とはバランスが違うのです。人と積み荷、そのバランスが」
そうか、とユーリは頷き眉をひそめた。
船には乗組員の生命を支える食料と水が大量に積まれている。水は腐りやすいため、実際に木樽の中に入っているほとんどは、地球でいうところのビールのようなアルコール飲料なわけだが。いずれにせよ、それらは乗員の数と旅の長さに見合った量となっている。これは海賊も同様で、当然、彼らの船にも食料の類は積まれているはずだ。ただし、近くの無人島を根城にする彼らの場合、旅の日数は極端に短い。仮に同じ量だけ荷が積まれていたとしても、遠洋を旅する商船より、多くの人数をカバーできるわけだ。
となると、敵の戦闘員は、船の大きさから単純に倍とはいえなくなる。四倍、いや、五倍近い差があるかもしれない。そんな大多数の敵を相手に、いくら自分達でも確実に勝てる保証はない。しかも、ただ勝つだけでは先がない。ゼンクト号の船員数に充分な余剰はない。彼らの多くを失えば、途端、船は身動き一つできなくなる。
「さらに、それ以前の段階でも、かなり問題があるようですが」
「それ以前の段階というと、砲撃戦?」
「ええ」
ミクが頷く。
「敵の船は、いわば軍船です。砲門の数は十八門。積まれている大砲は、アズレッド砲と呼ばれる非常に攻撃力の高いものだとか。一方、我がゼンクト号の砲門数は半分にも満たない八門。タイプはアズレッド砲より飛距離のあるムダール砲だそうですが、破壊力は数段劣るとか」
「つまり、勝ち目があるとしたら、十分な距離を保った状態での砲撃戦ということか」
「残念ながら、そう単純にはいかないようです」
小首を傾げたユーリを見やりながら、ミクが続ける。
「飛距離、破壊力に加え、もう一つ命中率の問題があります。砲弾は無限にあるわけではありませんからね。より確実に相手をとらえるため、砲撃戦は至近距離で行うのが基本のようです。となれば、当然」
「飛距離の優位など、意味がないということか」
「そうです。要するに、勝つためではなく、いかに負けないかが、この戦いのポイントとなりますね」
「だったら」
ユーリの長い睫が伏せられる。
「なおさら、僕らの出番はないね。役に立てることは何も……」
「ユーリ?」
「あ、ごめん」
自分の言葉が、自嘲気味に聞こえたことに気付き、ユーリは頬を赤らめた。
「別に、諦めているとか、そういうことじゃないから」
「分かっています」
ミクが微笑む。
「では、そろそろテッドを助けに行きましょう。今頃、船底でへたり込んでいるかもしれません」
「うん」
ユーリの声に、ようやく明るい響きが混ざる。それがしっかりと表情にも滲み出たのを確認してから、ミクは踵を返した。