蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第九章 予兆(1)  
               
 
 

「ぶっつけ本番は、甚だしく不安ですね。領主とどのような会話になるか、やはりある程度予測をして、あらかじめ答えを用意しておく方がいいでしょう。それをきちんと台詞にしてあなたに渡しますので。一字一句、間違えないようしっかりと覚えて下さい」
「って、何もそこまで」
「する必要があるから、言っているのです」
 冷たい一言に、テッドは屈した。その夜、テッドのみならずユーリも台詞の束を渡され、明け方近くまでそれらの暗記に四苦八苦したのだが。果たして、徹夜の成果を見事出し切ることができるのか。ウル国の慣わしに従い、肘を張り、目の前で軽く組んだ手を一度額に宛ててから、ユーリは静かにそれを腹のところまで下ろした。そして深く一礼をする。
「遠路、はる、ばる、ようこそお出で、下さった」
 流れてきたキーナス語に、驚いて顔を上げる。ウル国の民特有の、平面的な顔立ちからは心情が読み取れない。無表情のまま、領主がさらに続ける。
「大したもてなし、は、できぬが、ごゆるりと、我が、城を見て、行かれるがよい」
 ぎこちない発音ではあるが、その苦労の裏に心からの持て成しを感じ、ユーリは表情を緩めた。
「ありがとうございます」
 と、まずはキーナス語で、そして、ウル国の言葉を繋ぐ。
「このような過分の歓迎、かたじけなく思います」
 今度は、領主の表情が大きくほぐれた。穏やかな笑みが、顔いっぱいに広がる。
 会談は、終始、静かな流れの中で行われた。ミクが警戒した個人への細かな詮索はなく、キーナスの政治、文化など、国家そのものに対する質問が多かった。中でも領主が興味を示したのは、キーナス軍の現体制について。さすがに騎士団の構成、配備、軍備状況など、機密事項に関わる事柄に踏み入ることはなかったが。兵士の教育法、軍の統括法、さらに具体的に地図を広げ、この城を落とすにはいかなる作戦が有効かなど、領主は熱心に尋ねてきた。
「私は一介の騎士に過ぎませんので」
 と断りを入れた上で、慎重に言葉を放ちつつユーリは思った。なるほど、自分達が歓迎された理由はこれかと。
 ウル国は小さな国だ。国土はちょうど三角形のような形をしており、北東の辺こそ海に面しているものの、南辺はウズマントス山脈を挟んでシュイーラ国と、北西の辺は大国トノバスと隣接している。前者は内に争いの種を多く残し、後者はかつてアルビアナ大陸に遠征をしたほどの好戦的な国だ。ウル国はその両国に挟まれ、何度も侵略の危機に晒されてきた。現在では、北のシャン国、オアバーダ国との間で三国同盟を結び、それら大国に抗してはいるが。状況は、決して安心できるものではなかった。
 大国に呑みこまれぬだけの強い軍事力を持つことは、ウル国にとって最も重要かつ優先すべき課題である。そこに、アルビアナ大陸一の強国、キーナスからの使者が現れた。学べるものがあるのなら、全てを学びたい。あわよくば、同盟を結ぶきっかけとしたい。大海を挟んでの同盟では、実際の戦いにおいて即戦力とはならないであろうが。その昔、オルモントール国と一戦を交えながら、トノバスの大船団を退けた実力は、今も広くユジュール大陸全土に語り継がれている。そしてもちろん、あの伝説も。
 エルフィンの遺産が残る国、エルフィンが愛した国。それゆえ、神秘と奇蹟に守られし国。
 アルビアナ大陸ほど生々しく熱を帯びたものではないが、ここユジュール大陸でも伝説は、キーナスの名を特別なものにしていた。
 和やかに会話が進む。話が都へ行く云々といった件になった時、領主が言った。
「道中のことは御任せ頂きたい。責任を持って我が主君のもとまでお連れ申し上げます」
「何から何まで、ありがたく思います」
 慇懃な口調で返事をし、また礼をする。ユーリに倣い、背後でミクとテッドも頭を下げる。
 都までの自由は、これでなくなった。が、そうなる可能性が高いことは予想していたので、動揺はなかった。今の答えも、ミクが渡してくれた台詞の束の中にあったものだ。まだ、無理を通す必要はない。ここは大人しく領主に従い、まずは都まで辿りつかねばならない。それに、こちらにはもう一つ、領主の了解を得なければならないことがある。
 ユーリは顔を上げ、領主の目を見据えた。

 
 
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