蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第九章 予兆(1)  
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「御厚意に甘んじまして」
 と言葉を紡ぐ。
「もう一つ、お頼みしたいことが」
「頼みたいこととは?」
「我ら三名の他に、後二人、同行させたい者があるのです」
「ほう、後二人――護衛をつけられたいと?」
 領主の声に、わずかだけ警戒する色が滲む。それを敏感に感じ取りながら、ユーリは言葉を続けた。
「いえ、そのような者ではございません。二人とも、まだ子供ですから」
「子供?」
「はい。一人はキーナス国にてダーの称号を持つ名家の少女で、我らの中で最も語学、歴史学への造詣が深い者。もう一人は、古くから海の民として名高いパペ族と同系種の少年で、誰よりも強い好奇心と純真な感性の持ち主」
「……なるほど」
 深く頷き、領主が呟く。
「能力があれば、女性であれ、他種族の者であれ重用する。何より子供は次の時代を担う者。そういう者達にこそ見聞を広めさせんと、こうしてはるばる海を渡らせる。キーナス国の強さは、この辺りにもありそうですな。我が国も見習わなければ」
 こちらの腹積もりとは随分と異なる見解を示し、領主は快く承諾した。再びユーリが礼をする。ほっと安心すると同時に、別の不安を覚える。
 この人選に関しては、明け方近くまで揉めた。アリエスが目的である今回の旅において、サナの役割はその確かな語学力のみに限られるであろう。無理をして連れていくことはない。よって当初、ユーリ達は三人だけで行動することを想定し、シミュレーションを行った。しかし、どうしても途中で手詰まりとなってしまったのだ。
 仮にアリエスが限りなく完全な状態で発見できたとしても、直ぐに飛び立つことは難しいだろう。当然、時間をかけての整備が必要となる。もちろん、三人揃って都から姿をくらまし作業に当る、などということはできない。キーナスよりの使者としてそつなく振舞う役目の者を、都に残して置かねばならない。
 この時、三人という人数が問題になったのだ。アリエスの損傷具合にもよるが、作業は機体の整備とコンピューターシステムチェックの二本立てとなることは間違いない。テッドとミク、どうしてもここに二人をあてたい。しかしそうなると、ユーリ一人が残る形となる。果たしてそれを、ウル国の王がよしとするかどうか。交代で整備にあたる。キーナス国よりの使者という肩書きを捨て、端から事を構える覚悟で三人とも都を離れる。いろいろ案は出たが、やはり全体の数を増やし、都に多くを残すことで、疑惑を持たれぬようにするのが一番いいだろうという結論に達した。そして、また悩みの迷宮に入る。
 一体、誰を連れていけばよいのか。
 相手に強い警戒を与えないためにも、兵士は避けた方がいい。となると、パペ族の誰か。シュイーラ国での例もあり、万が一にも緊急に船を動かす必要を考え、航行に直接携わる者達は止めよう。となると、砲撃手辺りか。ようやく数人にまで絞込み、その一人一人を脳裏に浮かべるうち、ユーリはあることに気付いた。
 頭の中に浮かんだパペ族の逞しい男達が、何やら不安げな表情を返してくるのだ。海の上ならば頼もしい連中だが、丘に上がり、言葉の通じぬ異国の城で、肩を窄める。狭い船倉で火薬と汗に塗れながら、果敢に海賊船に向って砲弾を撃った勇気も、そこでは役に立たない。テッドとミクという駒を密かに動かす目眩ましとして、詭弁を弄する能力を、彼らは持ち合わせていない。
 思い浮かべたパペ族の船員達が、脳裏の中で次々と姿を消す。真っ暗な闇となったところで、一人の顔が浮かんでくる。パペ族でもない、兵士でもない、聡明で語学力に長けた少女の姿。しかし、そうなると、御婦人を守らなければならないと固く信じて疑わない一人の少年が、もれなく付いてくることになる。都に行くと行った途端、「おいらも行く!」と叫んだ少年に、サナを守るため船に残るよう説得したことが無駄になる。
 だが、しかし――そして、結局。
 下げた頭をユーリはゆっくりと上げた。静かな、それゆえ奥の奥が見えぬ領主の顔を見つめながら確信する。厚遇を約束されしこのウル国での旅が、キーナスやシュイーラ国を駆け回った時よりも遥かに、困難に満ちたものとなるであろうことを。

 

 
 
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