蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十章 質実の都(1)  
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 <質実の都>

      一  

 ウル国の王都、アマシオノ。そこに華やかさはなかった。
 建物は全体的に低く一様で、特に目を引くものがない。色使いも地味で、目に入る物全てがくすんで見える。だが、それはあくまでも一見した印象であって、しばらく佇むうちにいつしか魅入ってしまう美を、街は備えていた。
 例えば、灰色の瓦で覆われた屋根。空を明確に区切りながらも、端になだらかに反るような傾斜がかけられているため、ラインに優美さが残っている。柱や壁は全てシンメトリーになっており、厳格さと堅実さをまず強く覚えるが。一歩引いて建物を眺めると、それは自然を巧みに残した庭園の中につつましく収まり、楚々とした姿に変わる。つまり、互いに相反する印象が上手くお互いを相殺し、その実たる部分だけが、一つの建築物の中に生かされているのだ。それは街全体、さらに旅を通して目の当りにしたウル国全体にも言えることで、素朴さと深い味わいとを見事なまでに調和させていた。
「申し訳ござりませぬ」
 旅の途中、幾度となく聞いたフレーズが、ササノエの口からまた流れる。
「ただ今御殿様は、シャン国王様とのご会談中であらせられ、お目通りは早くとも明日以降になるのではと」
「僕達は、別に構わないよ。あなた方が謝るようなことではない。むしろ、こんなに立派なお屋敷を用意してくれて、こちらの方が何だか申し訳ない」
「いいえ」
 すぐさま言葉を放ったのは、ササノエの横で同じく頭を垂れていた屋敷の主、キゼノサタという初老の男だ。
「このようなむさくるしい所で御不便をおかけ致しますが、御用の向きがござりますれば、何なりとお申しつけ下さりますよう」
 そう言うとキゼノサタは、低い位置にあった頭をさらに深く沈めた。その丁寧ではあるが堅苦しい挨拶に、ユーリは思わず口元に苦笑を浮かべた。
 都の南門、アタラ門を今朝早くにくぐったユーリ達は、そのまま大通りを北上し、アマシオノ城に着いた。外堀を超え、第一の内門に入ったところで、直ぐ左に折れる。城の敷地内の、とある屋敷の離れに案内される。この掘の中にある建物は全て、国の高官を務める者達の住まいで、いずれも母屋、蔵、離れなど複数の建物が庭を囲む形の立派なものだった。
 ユーリ達が通されたのは、その内の一つ、イグラタメと呼ばれる、ウル国の財務長官を務める者の屋敷であった。国の賓客は、アマシオノの本城にて持て成すのが通例であるとのことだが。シャン国王夫妻と時を同じくしての突然の来訪に、どうやら本城の準備が間に合わなかったようだ。
 ユーリ達にとってこの状態は、むしろ好都合だった。離れにも、もちろん母屋にも、人の姿はたくさんあるが、それでも本城にいるよりは自由があるように感じたのだ。
「それではごゆるりと」
 と言って下がったササノエらの代わりに、身の回りの世話をやくための付き人が、扉一つ挟んだ次の間に残る。次の間といってもウル国の場合独立性は低く、木枠に両面から美しい絵の描かれた紙を貼った、引戸一つで仕切られているのみだ。話す声も、筒抜けである。
 ぐったりと疲れた様子のサナとティトを横目に見ながら、声をひそめてミクが切り出す。
「さて、ここからですね。どう動くべきか」
「こっちとしては、明日にでもアリエスのある山に向けて出立したいところだが」
「この山にあるオロンジの滝は、人々に神として崇拝され、立派なお社も建っているのだとか。見物したいと申し入れたなら、恐らく許可されるでしょうが」
「それよりもまず、都だろうな」
 テッドが腕を組む。
「都の視察をすっ飛ばして、滝見物ってわけにはいかんだろう」
「そうですね。ここは時間をかけて、チャンスを得るべきでしょう。それに、口実が滝見物だけでは不十分です。アリエスの状態によっては、整備にかなり時間がかかるかもしれません。山に篭もる理由が必要です」
「となると、やっぱり薬草取りあたりか」
「職業が生かせますね」
 ミクが笑う。
「助手として私も同行できればいいのですが、難しいかもしれませんね。様子を見ながら途中で交代するか、あるいは短期間だけ――」
 微笑を湛えたミクの表情が急に強張る。しかしそれは彼女だけではなく、その場にいた全員の反応であった。

 
 
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  第十章(1)・1