蒼き騎士の伝説 第五巻 | ||||||||||
第十章 質実の都(1) | ||||||||||
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荒々しい足音が遠くで響く。ほんの数歩で、間近に迫る。廊下に面した引き戸が、がらりと開かれる。何事か、といっせいに振り向く視線を浴びて、現れ出でし男が豪快な声を出した。
「ヨウコソ、ワガ、クニヘ」
いかにも慣れない調子でキーナス語を放つ。
「ワレハ、ユズムラ・ガシノム、デアル。ヨウ、オイデクダサッタ」
ユズムラ・ガシノム――。
はっとしてユーリ達は姿勢を正した。揃って頭を下げる。一人きょとんとするティトを、サナが慌てて抱え込む。アマシオノ城の当主にしてウル国の王である男の前で、深く礼をする。
「ヨイ、ヨイ、ア――タマヲ……ああ、やはりわしには難しいのう」
言葉の後半をウル国の言語に変え、男は言った。
「このようなところに押し込めて申し訳ない。キゼノサタが妙な気を回しおって。貴殿らの到着を、つい先ほど聞いたのだ。今から本城に移って頂くのは落ち着かぬであろうゆえ、明日にしてもらうにしても、挨拶だけはと参った次第。しかし、どうやらそれも遅過ぎたかのう」
ユーリ達と同じ床に胡座をかきながら、王が豪快に笑う。視線の先に、サナの膝を枕にして、うとうとしかけるティトの姿を見てとり、ユーリ達はさらに頭を深く沈めた。
「お申しつけ下されば、私どもの方からお伺い致しますところ。お心を砕いて頂き、誠にかたじけなく」
「ほお」
ユーリの言葉に、ウル国王が身を乗り出す。
「通訳など一切不要とササノエが申しておったが。まこと、我が国の言葉を見事にお使いになる。その上、礼節も申し分なく、うむ。わしが見習いたいくらいじゃ」
腹の底から大きく息を吐き出し、ウル国王はまた笑った。裏のないその響きに、ユーリ達の緊張がようやくとける。静かに頭を上げ、改めて王を見る。
年は四十にも満たないように見えるが、二十二と十九の息子がいるとの話であるから、案外超えているのかもしれない。口と顎にたくわえた髭は貫禄があり、全体的に大きく角張った顔によく似合っている。太い眉、どっしりとした鼻は共に男性的で、色艶のよい肌、ほどよく恰幅のある体からは、強い生命力を感じる。中でもしっかりとした輝きを放つ目は印象的だ。ウル国の民にしては大きな方になるだろうが、その目がともすれば乏しい表情になりやすい、平面的な顔にアクセントを与えている。この目で家臣を一睨みすれば、相当な迫力となるだろう。今は優しい笑みを湛える瞳を見つめながら、ユーリはそう思った。
王が再び口を開く。
「少しは都の方をご覧になられたか?」
「いえ、今日はまだ」
「なんと、キゼノサタめ、気の利かぬことよ。案内してさしあげればよいものを」
声と同じく、素直に感情を顔に乗せる王に、慌ててユーリが言う。
「旅の疲れをまず癒したいと。こちらから願い出て、休ませて頂いたのです」
「おお、そうそう。キーナスには馬車という便利な乗り物があると聞くが、我が国ではまだそのようなものがないからのう。センロンからの長旅、さぞお疲れであっただろう」
「いえ、とても楽しい旅でした。途中立寄った村々では、素朴ながら温かいもてなしを受け、休憩の度、山や川など様々な表情を見せる景色を眺め、急ぐばかりの旅では味わえぬことを――」
「そなた」
ぐいっと王が身を乗り出す。じっとユーリの目を覗き込む。
「まこと、そう思われたのか」
ユーリは一つ瞬きをした。そしてにっこりと笑う。
「はい。民も自然も、とても美しい国だと思いました」
王が破顔する。
「そうか」
乗り出していた身を戻す。
「そう思われたか。それは嬉しいことよ。しかし、我が国にはまだまだ誇れるものがござる。ぜひ、都を見て頂きたい。無論、貴国の話もたくさんお聞かせ願いたい。どのくらい、こちらにいらして頂けるのか」
「それは」
一瞬どう返事してよいものか迷う。その間を王が力強い声で塞ぐ。
「我等のもてなし次第ということじゃな。はっはっはっ」
と、体を揺らすほど笑い、直ぐにそれを押し込める。ぐっすりと眠るティトを伺うように首を伸ばし、控えめな動きで立ちあがる。
「ササノエより聞いた話では、まだ先のある旅の途中であるとか。無理強いはできぬが、可能な限りごゆるりとしていかれよ。では」
笑顔を残し、王が踵を返す。来た時よりは幾分軽めの足音を立てながら、部屋を出る。
怒らせれば、怖い相手だろう。だが、そうでなければ、これほど頼もしく信頼できる者はいない。
ユーリ達はその日、そう第一印象を持った。