蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十一章 神の宿る山(1)  
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 <神の宿る山>

      一  

「今日も冷えるな」
 テッドはその言葉を、白い息と共に吐いた。土間に座り、靴の上から、木の枝で作った輪状の滑り止めを被せる。
 村人達の話によると、山にはまだ昨日降った雪が残っているとのことだった。樹皮で編んだ大きな籠を背負い、振り返る。
「じゃあ、行くか」
「へい」
 ウル国特有の袂の長い、ただし城勤めの者とは違い、煤けた衣一枚に身を包んだ二人の人足が膝をつく。そして、平伏さんばかりに頭を下げる。
 何度止めてくれと言ってもかしこまる姿に、テッドは軽く肩を竦めた。
 オサノガセ村は、ヤスゼ山のふもとにあった。都からゆっくりと歩いて五日もかからぬ場所であるにも関わらず、のどかな雰囲気だ。ウル国全体にいえることだが、村はもちろん町にしても、自然が直ぐ側にある場合が多い。全体的に規模が小さいことが最大の理由ではあるが、ありのままの自然を愛でる意識が強い国民性も、大きく影響しているように思える。
 アマシオノ城に滞在すること七日目に、ようやくユーリ達は行動を起こした。実際動くことになったのはテッドだけだったが、あらかじめ決めていた通り、薬草の研究兼オロンジの滝見物のため、ヤスゼ山を訪れたい旨の申し入れをした。当初、早くても数日はかかるだろうという王よりの返事を翌日にもらい、その上行程の自由も約束された。案内人と称した見張りの兵士が、何人か同行することを覚悟していたのだが。王は城抱えの医師に、良き道案内となる薬師を紹介するよう言い渡しただけで、後はそれこそ三十人くらいの人足を連れていけるだけの旅銀を、キゼノサタを通してよこしたのみだった。
 しかし、ここまで自由にされると、逆に不自由することもある。キゼノサタの口利きがあったにも関わらず、集まった人足はたった二人。紹介に預かった薬師も、三人ほど変更を余儀なくされ、やっと決まった。
「それでは、参りましょうか」
 少し高めの明るい音で、一人の若者が声を放つ。
 腰に剣を携えていること以外、人足達と全く変わらぬ井出達で立つ薬師の男。その彼が、ウル国の第二王子ユズムラ・ギノウであることをテッドが知ったのは、昨晩のことであった。それまではてっきり、どこかの下級武官の、家督を継ぐ当てのない次男坊なり三男坊が、身を立てる一つの方法として薬師を志したのだとばかり思っていたのだ。
「父は私のことが嫌いなのです。兄と違って私は武芸が全く駄目ですから」
 そんな子供っぽい愚痴をアマシオノ城の座敷で聞かされたなら、テッドはギノウに好感など持ったりしなかったであろう。しかし彼はテッドに問われるまで、自分の身分を明かそうとはしなかった。人足達と共に泥に塗れた姿で、どこか他人事のようにギノウは語った。
 素直な感情なのだろうと思う。言葉以上の思いも、以下の気持ちも、共にないような気がする。本来の性格か、それともある種、科学者的な側面を持つ薬師という職のせいか。ギオウには物事を淡々と捉える傾向があった。その性格があればこそ、誰もが尻込みした今回の旅に、同行することが可能となったわけだが。
「うひょ……」
 人足の一人が戸を開けた途端、首を竦める。吹き込む風の冷たさに、思わずテッドも身を縮める。
 密閉性の低い質素な民家は、夜になると芯から冷え、これでは外と変わらないと呟きたくなるほど寒さを覚えた。だが、冷たい風を避けることができた分、自分は恵まれていたのだと改めて知る。空は今日も重く、太陽の恵みは望めそうにない。
 踵を返し、風だけは確実に防ぐことのできる室内に戻りたい衝動を、テッドはかなりの努力のもと抑えた。勇気を振り絞り、外に出る。掠れたような色彩の景色が、勇者を迎える。ヤスゼ山の稜線が、冷気の合間に見え隠れする。立ち込める朝靄が、厳かにその頂上を隠す。

 
 
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  第十一章(1)・1