蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(2)  
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      二  

 この時を逃せば、もうチャンスはない。
 人目を避けてなどという高望みは捨て、一応サナを見張りとして廊下に立たせ、ユーリは池の中に入った。無事、パルコムを救い出す。誰かに見られたなら、かなり滑稽に映ったであろう慌てぶりで部屋に戻る。薄っすらと、季節外れの雪が散る庭の足跡は諦め、濡れた廊下だけを急いで拭く。大きなくしゃみを連発しながら、服を着替える。
 ほっと一息つく間も惜しんで、ユーリはパルコムを操作した。一枚、二枚、震えの止まらぬユーリの肩に、サナが衣をかける。しかし、その優しい配慮よりも、パルコムから流れてきたテッドの声に、ユーリは震えを止めた。
 シャン国王の暗殺計画?
 思いもよらぬ方向への展開に、まず驚く。そして心を寒くする。アリエスの件で、自分達に直接危害が加わる恐れはなくなった事に、安堵する暇もなく身を凍らせる。背景の複雑さに、事態の先にある暗雲に。だが、ミク達が懸念したものとユーリのそれとは、少し違っていた。
 シャン国王を暗殺し、キゼノサタ及びウル国に罪を被せ、何食わぬ顔で国の実権を握る。トノバス寄りの考えを持つ首謀者は、誰にも邪魔されることなく思うがままの国政を行う。これが、ミクとギノウの出した結論だったが、ユーリはそこに一つの疑問を覚えた。
 シャン国王の暗殺など、果たして可能なのか。
 首を落とすと言ったからには、暗殺者はその手段を剣に訴えるつもりなのだろう。どれほどの凄腕を、何人送り込んだのかは不明だが、仮に寝込みを襲うにしても、シャン国王に真っ向から勝負を挑むなど無謀に近い策だ。それよりも、たとえば毒を盛るとか、寝所に火を放つとか。その方がまだ有効な手と言えよう。
 首謀者がシャン国の者であるとするならば、主君の卓越した剣の腕を知らないわけはないだろう。にも関わらず、こんな方法での暗殺が成功すると、本気で信じているのか。城内の警備は行き届いており、近づくことすら容易ではない状況で、あのミオウに太刀を浴びせることが出来ると思っているのか。
 もし、そんなことは不可能だと、首謀者が分かっていたとしたら。つまり、始めから失敗すると踏んで、計画しているのだとしたら。残る目的はただ、ウル国との国交悪化のみ。ミクの感じた「やり方が気に入らない」、その部分こそが核である可能性が高い。
 暗殺計画は、派手な飾りにしか過ぎない。それが終着点ではない。意味もなく隣国との関係を悪化させようという者に、国を統制する意思など感じられない。恐らく、首謀者の最終的な狙いは、国交悪化の先にあるものであろう。どちらかの国が滅びるまで続く、そんな争乱こそが望みなのだろう。
 そこまでユーリが話し切ると、パルコムはしばらく沈黙した。回線はテッド、及び都まですでに百キロ余りの地点にまで迫った、ミクの両方とも開いている。今、彼女の目には、共にここまで懸命に馬を飛ばしてきた、ギノウ王子の姿が映っているはずだ。深刻な状況の、正に渦中の中にいる人物を傍らにして、さしものミクも言葉を失う。テッドがそろりと声を出す。
「つまり……暗殺を未然に封じるだけでは不十分ってことか」
「うん、多分それは、問題の先送りにしかならない」
 ユーリが答える。
「下手に動くと、実行犯は切り捨てられ、首謀者が特定できなくなる。今はそれでいいけど、いずれまたその首謀者は、ウル国との間に波風を立てるべく画策するだろう。一番いいのは、逆にこの機会を利用して首謀者を炙り出すことだ。キゼノサタを陥れ、ウル国との国交断絶を目論でいるのなら、計画が実行されるのは、今宵の宴。多くの目撃者がいる状態で、証人となる人間が囲む中で、キゼノサタを首謀者に仕立てるつもりなんだと思う。だから、それを逆手にとって」
「実行犯に敢えてシャン国王を襲わせ、捕えるってか」
 パルコムが、テッドの声で溜息をつく。
「しかも犯人が護衛兵に、あるいはシャン国王に切り捨てられる前に取り押さえる。首謀者に辿りつくためには、実行犯に生きていてもらわなければならない。しかし、こちらがその腹積もりでも、見た目にどう映るか。シャン国王を襲った不届き者を、ウル国の兵を退ける形で守るようなことになれば、俺達にまで嫌疑がかかるような羽目に」
「そうならない方法は、一つだけですね」
 ようやくそこで、ミクが口を開く。
「先にユーリが敵を切って捨てる」
「え?」
「おい」
「という形を取る」
「形?」
「致命傷を与えぬよう、腕か、足か。とにかく場の誰よりも早く、ユーリに動いてもらう。相手を組み伏せ、そし……て」
 駆ける馬上で話しているためか、所々途切れながら、ミクの声が続く。

 
 
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  第十四章(2)・1