蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十六章 深淵に求む光(1)  
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 <深淵に求む光>

      一  

 軽くアリエスが、右に旋回する。傾いた床の上を、ティトが滑るように駆ける。「スクリーンに手垢をつけるな」というテッドの言いつけを三十七回目にしてようやく守り、十センチほど余裕を残して止まる。そして素直な歓声をあげる。
「わあ」
 という溜息の向こうは、三つの青で彩られていた。
 深い底を示す濃い青。白い波頭の周りの淡い青。いくつも浮かぶ小さな島を縁取る青は、少し緑がかっている。それが絶えることなく揺らぎ、襞を作り、ティトのチョコレート色の瞳を輝かせる。
 しかし彼、そして外の景色が見えぬミッドデッキにて、未だ待機中のサナを除く他の乗組員達は、共に険しい表情で操縦席前に集まっていた。
「とりあえず、ざっと見たところ」
 左右はもちろん、前方のスクリーンからも目を離し、テッドはコンソールに据えつけられた小さな画面を食い入るように見た。
「塔、らしきものはないな。それだけの高さを示す建築物は」
「まだ北緯十五度以南の探索、つまりパルメドア大陸の南半分が残されていますが。サナの研究によると塔が建っていたといわれる王都ザーノアマルは、パルメドアの北に位置していたとのことですから、そうなると」
「やっぱり塔は、海の中ってことになるね」
 テッドやミクと同じく、地球産の馴染みのあるユニフォーム、ペールグリーンのジャケットとアイボリーホワイトのパンツに身を包んだユーリが、そう呟いた。視線を前方のスクリーンに移す。表情豊かな海の美しさより、その広大さに溜息をつく。
 アリエスを手にした今、地上にあるものであれば空撮が可能だ。それをコンピューターに取り込めば、後は専用のソフトを起動するだけで勝手に解析をしてくれる。アルフリート王が幽閉されていた、あるいはビルムンタルの沼にあったような塔ならば、間違いなく見つけ出すことができるだろう。常時砂の嵐に囲まれていたシュイーラ国の塔のような場合は、発見が難しいだろうが。空からの視界が遮られていない限り、地上に建つものを見極めることは可能だ。だが、対象が海の底となると、話は違ってくる。
 海底調査は、原則として音響測深となる。つまり海上を航行しながら海底、さらには前後左右に扇状となる音波を発信し、その反射音が返ってくる速さ、強弱をもとに海底地図を作成していくという方法だ。他にも、空からのレーザー測深という手があるにはあるが。現在の技術では、よほど海水の綺麗な場所でも、せいぜい水深八百メートルほどまでしか測深できない。やはり地道に、海を進むしかない。
 しかし、その音響測深にも限界がある。海底の表面上の起伏を捉えたとて、それが自然のものなのか、あるいは人工的な物の跡なのか、見極めることはできない。もちろん音波探査、すなわち音響測深よりも強く、減衰の少ない周波数を持つ音波を利用して、地質構造を調べることは可能だ。これを使えば、対象の地層が数千年前に沈んだものなのか、それとも数万年も前からそこにあるものなのか、識別することも容易である。
 ただし、この技術は失われた大陸の発見に役立つだけで、肝心の塔を見つけ出すことができるかについては疑問が残る。パルメドアの塔が、何がしか周囲と異質な物、明らかに自然の状態では存在しない物で作られているのなら、可能かもしれないが。パルメディアの文明に、そんな力はない。以前、スルフィーオ族のもとで感じたものが正しければ、それは二千年前の地球にも劣る。恐らくは、ただの石ころの山となっているであろうその塔の発見は、限りなく不可能に近い。
「とにかく」
 誰もが溜息しか零さない中、ミクが口を開く。
「地道に探すしかありませんね。必要ならアトランティス、深海探査機を使って」
「だが、それじゃあ」
 テッドが腕を組む。
「一体、何日かかるのか。下手すら一年、いや数年。単なる遺跡発掘とか海賊のお宝探しなら、のんびり探索するのも悪くないが。そんな悠長に待ってはくれないだろう。あいつらは……あの、ガーダは」
 テッドの言葉に、皆の表情が強張る。ティトですら、笑みを消す。
 ガーダの襲撃を警戒して、ウル国王都アマシオノから離れた場所で二日ほど無駄にしたが。その後はセンロンの港を経由し、寄り道することなくこのグルームスランの海域まで来た。総行程約四千キロ。カルタスにおいては、よほどの大商人なり冒険家でもない限り、一生かけても経験することのない距離だ。どれほど印象深い事があったとしても、これだけの長旅を挟めば、少なからず記憶は薄れてしまうだろう。しかしその距離を、アリエスはたった五時間に変えてしまった。遥か彼方、アマシオノ城でのガーダの姿は、ほんの数時間前の出来事として皆の頭の中にあった。

 
 
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  第十六章(1)・1