蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(2)  
               
 
 

「そしてこれが二つ隣のオフトファー島なんだけど、この名前は島の人みんな知ってるのよね」
「そりゃあ」
 腕を組み、テッドが画面を覗き込む。
「たった十五キロ。まあ、キーナスの距離単位でいうと、どんな数字となるのかは知らんが。いくら海を挟むとはいっても、近隣であることには間違いないだろう。名前くらい知っていて当然だろうが」
「でもね、このオフトファーと言うのは、現地語で聳え立つという意味があるのよ」
「ん?」
「一方塔は、オフトファムセス」
「それはつまり」
 組んでいた腕をほどき、テッドが唸る。
「オフトファムセスという言葉は、オフトファーを語源としているってことか?」
「もしくはその逆ね。そして、一方の言葉だけがこの世界から忽然と消えた」
「だが」
 用を終えたパルコムをサナから受け取りながら、テッドが言う。
「そういうことは、結構あるんじゃないか? 今当たり前のように使っている言葉の語源となるものが、長い年月の中で廃れてしまうなんてことは。忽然とというのは、お前さんが資料の上で思うことであって、この土地の人間にしたら、徐々に緩やかに消えてしまったものなのかもしれないし」
「そうね。忽然とという表現は、主観が入り過ぎているかもしれないわね」
 テッドの否定に、サナの表情が少し不機嫌に曇る。しかし直ぐに、聡明な光を宿した青い目が、強くテッドを見上げた。
「なので、忽然とではなく、完璧にと言い換えさせてもらうわ」
「ん……ん?」
「単に使われなくなった、だけではなく、何も残っていないのよ。仮に遥か昔に消えた物であっても、その時には存在していたわけでしょう? なのに、記録が一切無いなんて」
「記録って言っても」
 遠巻きに、ちらちらと視線を向け笑顔を作る島民を、テッドは改めて見やった。いつの間にか、その愛くるしい容姿と身振り手振りだけで彼らの中に溶け込んだティトに、思わず微笑む。
「いい雰囲気の所だが、文化的、特に学問の部分で優れている感じはないよな。ブルクウェルにあったような、書物が山と詰まれた場所、お前さんが居たようなところは、まずこの島には無いだろう」
「その見解には賛成よ。ただし、記録は無理でも記憶があるわ。昔語りであるとか、寓話であるとか。たとえ一言だけであっても、残っていていいはずよ。日常の中に埋もれていくような、取るに足らない物ならいざ知らず。月に届こうかというような塔ですもの。だけど、この島に住む人々の間に全くそれは伝わっていない。となると、案外逆だったのではないかって」
「逆?」
 サナの、サファイアのような瞳から輝きが失せる。重ねてテッドが尋ねる。
「どういうことだ?」
「つまり、わたしが見たあの古代記は、パルメドアに塔があったと記したものではなく、単に『聳え立つ』モノがあったという意味じゃないかって。塔なんかではなく、そういう名前の島があったと」
「おい、それって、全くの空振りってことか? パルメドアに塔なんてないっていう」
「そうじゃないわ」
 思わず声を荒げたテッドに向かって、サナが肩をすくめる。
「場所を示す記述に疑問があるだけで、塔の存在自体は他にもいろいろと文献に残っているから。夏至の日の正午、塔の影がウブラノフ広場の中心に落ちるとか、階段の石はタクレフェト山から採掘したとか、建造に携わった人足には、一人頭十八ラフーが支払われたとか。そんな具体的なものまでね。だから、この島の近くというのはどうやら外れのようだけど、他の候補地まで否定するわけでは」
「そうか」
 安堵の気持ちを込めながら、テッドが息を吐く。
「じゃ、さっさと次の候補地を目指した方がいいってことか? それとも念のため、塔の名前と同じ島に行ってみるか。そこにいる人々に、一応話を聞いてみるのも」
「それは無理ね」
 緩やかに波打つ金髪を揺らし、サナが即座に否定する。
「オフトファー島は、切り立つ岩山の頂上が、海上に顔を出したかのような所だから。平地はなく岩だらけの断崖で構成されていて、とてもそこに人が村を築くことなんてできないわ。つまりは無人島」
「無人島……」
「そう、住んでいるのはフィタラやマセ等の鳥類くらいね。後は海獣」
「海獣?」
 テッドが軽く首を傾げる。

 
 
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  第十七章(2)・2