蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(2)  
               
 
 

「海獣って、オットセイとかセイウチとか。って、これじゃあ分からねえよな。ええ、キーナス風に言うとベントマとかグルックムとか?」
「う〜ん、それがちょっと違うのよね。オフトファー島の場合は、というかこのエベッテ諸島の場合は。キーナスにはいない、特殊な種族の人が――」
「人?」
 テッドの眉が寄る。
「人って、さっきお前さん、海獣って」
「ええと、つまり。表現がややこしいのよ、ここではそういう扱いになっているから。いえ、キーナスにおいても判断の分かれるところで、人に属するのか、そうでないのか。この半魚人の扱いに関しては――」
「半……魚人……」
 眉根の間をかつて無いほど狭め、テッドが呻く。
「そんな化け物が、オフトファー島にはいるってか」
「化け物というか何というか。まだよく生態を掴みきれていないのよ。ヌンタル、ああ、その半魚人はそう呼ばれているのだけど。彼らは滅多に人前に姿を現さないの。こちら以上に、ヌンタルの方が相手を避けている。その分衝突することも少なくて、特に人が危害を被るようなことは無いというのが、彼らを研究する学者達の間でもっぱらの通説となっているのだけど。現地周辺では、例えば舟の底に穴を開けたり、泳いでいる人の足を引っ張ったりなどの悪戯をされたという噂もあるわ。だから――テッド?」
 サナの瞳が丸く膨らむ。くるりと背を向け歩き出したテッドに、疑問をぶつける。
「どこへ行くの?」
「オフトファー島」
「オフトファー島って?」
 一向に止まる気配のない歩みに、仕方なくサナも続く。柔らかな薄灰色の砂に、左足による小さな窪みと、不自由な右足による一筋の線を刻みながら、なおも尋ねる。
「わたしの話を聞いてなかったの? あの島には誰も」
「人はいなくても、化け物はいるんだろ?」
 テッドが振り返る。
「引っ掛かるんだ、そこが。今までに見つけた三つの塔、その周囲にはいつも化け物が潜んでいた。案外、俺達は一発で正解を引き当てたのかもしれないぜ」
「ちょっと待って。確かにヌンタルは、人とは相容れない存在だけど。言葉が示す通り、彼らの半分は人、人に属する者だから。シュイーラ国の、あのソーマの目にいたような怪物とは全く異なる――」
「そうなんだよな。その辺が気になるっちゃあ気になるんだが。いずれにせよ、行ってみれば分かるだろう。ということで、サナ」
 たむろする島民達の直ぐ前で立ち止まり、テッドが言う。
「通訳、頼む」
「通訳って?」
「舟を一隻、貸して欲しい」
「今から行くの? アリエスを待たないの?」
「あいつらが来るのは、六時間後だ。それだけあれば、オフトファー島まで行って戻ってくることができるだろう。本当はスクーマ島の誰かに案内を頼みたいところだが。お前さんの話を聞く限り、行ってくれそうにはないからな」
「じゃあ、一人で?」
 サナの声が、一段上ずる。
「一人で行くつもりなの?」
「子連れで怪物退治ができるか?」
「でも」
「というより、お前さんの見解では、肩透かしの可能性の方が高いんだろう? そんなに心配するようなことは起こらないさ」
「心配なんて」
 意識的に、サナが声のトーンを下げる。
「して――ないわ。ただ、事前に連絡を取るべきではないかって。ミクに、ここまでの経緯を話し、相談の上どうするか決めて」
「あのな。俺は別にミクの部下でも、おつかいを頼まれたガキというわけでもない。情報収集部隊における全ての指揮は、俺に一任されてるんだ。ということで、ちょっくらオフトファー島まで行ってくる。お前さんたちはここで留守番。適当にティトを遊ばせておいてくれ。できればアリエスに戻った時、疲れて眠ってしまうくらいに」
 無精髭を撫で、テッドが笑う。その笑顔を半信半疑の思いで見据えながら、サナはとりあえずの通訳を務めた。

 

第十七章・三に続く(5月下旬更新予定)
 
拙い作品を読んで頂き、ありがとうございました。
よろしければご感想など、お聞かせ下さいませm(_ _)m
       
匿名ポチッと感想
もう少し詳しく感想 [メールフォームへ]
 
 
  表紙に戻る         前へ    
  第十七章(2)・3