蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(2)  
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      二  

 小さな自然の入り江からスクーマ島に降り立った時、テッドは一瞬空間と時の感覚を失った。いつか見た、旅行パンフレットの写真のような光景に、ティトを抱えたまま全ての動きを止める。
 澄んだ空、青い海、穏やかに波が打ち寄せる砂浜。椰子の木を少し寸足らずにしたような木々の合間から、鮮やかな原色の衣を纏った純朴そうな人々が、はにかむような笑顔をこちらに向ける。その黒褐色の肌と、口元から零れる白い歯の対比が美しい。と同時に、妙に懐かしさと身近さを覚える。
 キーナス国、あるいはシュイーラ、ウル国とは異なり、ここでは時代の差を感じにくい。現在の地球において、文明に毒されることなく、脈々と昔ながらの暮らしを営んできた。そんな名も知らぬ南の島に住む人々と、姿が重なる。中には一人くらい、英語を話せる者がいそうにさえ思えてくる。
 だが、現実は違った。
「どうも話が要領を得ないわね」
 単純な挨拶言葉を覚えただけでは埒が明かず、結局全てを任せることになったサナが溜息をつく。
「古代の塔について何か知っているかと尋ねても、みんなそんな話は聞いたことがないと首を傾げてしまう。それどころか、塔という言葉自体を知らず、それは何だ、食べる物かなんて、ティトみたいなことを言い出すし」
「まあ、見たところ塔……と思しき建築物は、この島の住人にとって無縁なようにも思うが」
 テッドはそう言うと周囲に視線を巡らせた。
 スクーマ島の民家は、背の低い建物ばかりであった。これは、島の自然と直結している。小さな山、とまではいかない小さな丘。海抜にして十メートルあるかないかのなだらかな丘が、目に映る最大級の高さとなる。後は砂と草と、椰子もどき。天に聳えるような建物を築くための、堅牢な岩石はそこにない。
 かつてこの島を含め、一つの巨大な大陸が地上に存在していた時は、遥かなる道を通じて石材を調達することも可能であっただろうが。久しく海に隔てられた今、そのもののみならず言葉まで失われたとしても、無理はない。日々の生活から消えたものに、いつまでも名を与え続ける必要はない。
 しかし、そうなると。
 抱えていたティトを下ろし、「あちこち動くなよ」と注意をしてから、テッドはパルコムを取り出した。
「スクーマ島近辺に塔がないことだけは、これではっきりした。問題は、近辺というのがどの程度の範囲を指すかだ。遠洋向けではないが、島には一応舟もあるわけだし。今日のように穏やかな海であれば、少なくともこの地図一帯にある島までは行くことができるだろう。にも関わらず、塔という言葉すら分からないとなると。資料にあった記述は、間違いだってことにならねえか? 塔があるといわれていたザーノアマルとかいう都市は、ここからそう遠くない海域に沈んでいるんだろう? ちょうどこのキュルスプルフ島とホランバケ島の間くらいに」
「普通に考えれば、そうなるわよね」
 パルコムに映し出された地図を覗き込みながら、サナが右の人差し指を顎に宛がう。
「でも、そう結論を出す前に、一つ解決しなくてはならないことがあるのよ」
「解決?」
「ほら、これを見て」
 その機能性に惚れ込み、テッド達と同じユニフォームを着込むこととなったサナが、手を伸ばす。テッドからパルコムを奪い取る。
 文明の利器。それを生み出した文明に属する者であっても、人によっては扱いきれないという現象がしばしば起こる。操作が複雑であったり、使い方を示すマニュアルが分かり難かったり、最後の手段と教えを請うた相手が、説明下手であったりと。様々な障害を乗り越えることが出来ず、結局ただの置物と化してしまう例が少なくはない。しかしサナは、それら障壁をものともせず、何より本人の能力の高さで、異文明の産物であるパルコムを手中に収めた。外の景色が見えぬ、ミッドデッキの部屋に閉じこもっていたわずか数時間の間に、成し遂げた。
 慣れた様子で、サナがパルコムの画面を操作する。
「これがスクーマ島でしょ? そして」
 地図を一段階広域にする。画面を右に、つまりは東にスクロールする。

 
 
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  第十七章(2)・1