蒼き騎士の伝説 第六巻 | ||||||||||
第十七章 失われた欠片(3) | ||||||||||
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三
午後の陽射しが、砂浜を強く照らす。だがその輝きとは裏腹に、印象は侘しい。スクーマ島での漁は全て朝のうちに終えてしまうらしく、浜には人影がない。家々が建ち並ぶ村の方も、静かだ。夕方の食事時になれば、また活気が戻ってくるのかもしれないが。暑さ凌ぎも兼ねて、島民達は皆休息をとっている。
そんな情景の中、ティトを前に立たせ、彼の小さな肩を両手で抱くようにしてサナは佇んでいた。つい先ほどまでの心細さはない。傍らには、彼女の仲間であり同志である者が共にいる。ただし、本来先に立っているべき、もう一人の連れの姿はない。予定とは異なる状況に、サナの心が沈む。
「つまり」
長い息を零し、かなりの間を置いてミクが言葉を紡ぐ。
「テッドは一人でオフトファー島に向かったと?」
「ええ」
「あなたが止めたにも関わらず?」
「まあ」
「私達に、何の連絡も入れないまま?」
「そう――なるわね」
「しかも」
ミクがまた言葉を切る。軽く頭痛でも引き起こしたのか、右手の指先をこめかみに添え、息を吐く。
「あなたとティト、二人だけを、この見知らぬ土地に六時間も置き去りにしたと?」
「ごめん……なさい」
俯き、小さくサナが呟いた。慌ててミクが言う。
「別に、あなたを責めているわけでは。悪いのはテッドです」
「でも、結局わたしも彼を止められなかったわけだし」
「まあ、それは仕方がないでしょう。と言いたいところですが」
ミクの表情が、少し和らぐ。
「将来を考えると、もう少し手綱をしっかり締めた方がいいかもしれませんね」
「将来って?」
黙してしまったサナにかわって、ユーリが声を出す。しかしミクは微笑を湛え、何でもありませんと言葉を返すと、直ぐにまた瞳に厳しい光を宿してサナを見た。
「とにかく。ここで問題なのは、テッドがパルコムを置いていってしまったことですね。連絡の取りようがない」
「それは、わたし達の方を心配したんだと思う。だから」
「その部分については、正しい判断と言えるでしょう。間違いは、それ以前。あなたにもパルコムを渡しておくべきでした。今さら悔やんでも仕方のないことですが」
小さく肩をすくめるミクの眉が、さらに険しく寄る。
「それにしても、困りましたね。せめて、テッドが無事に島へ着いたということだけでも分かれば、捜索範囲を絞れるのですが」
「それなら大丈夫よ。彼は、オフトファー島にいるわ」
「根拠は?」
「単純なことよ。テッドにはそこを離れる手段がないの。彼を運んだ舟は、もう帰ってきてしまっているから」
「じゃあテッドは」
ユーリが口を挟む。
「一人で島へ行ったわけじゃないんだ」
「ええ、そうなのよ」
視線をミクからユーリに移しながら、サナが続ける。
「最初はそのつもりだったんだけど。オフトファー島の周囲は突然風の向きが変わることも多く、一見凪いで見えるけど潮の流れも複雑で。何より島には入り江がなく、とても素人が舟を寄せることはできないと。そう警告されたにも関わらず、どうしても行くと言ったテッドに、とうとう二人の島民が自分達の舟を出してくれることになったの」
「そうだったのですか。それで安心して、パルコムをあなた達のために置いていったわけですね。この辺りの海を熟知した地元の人間と一緒であれば、漂流するようなアクシデントはまず起こらないと読んだのでしょう。天候にも不安はなかったわけですし」
やっと合点が行ったとばかりに、ミクの頭が縦に揺れる。
エベッテ諸島に属する島々の多くが、急な断崖で囲まれていることは、ミクも既に知っていた。上空から、あるいは直ぐ脇を、アリエスで航行しながら眺めた。その時思わず、「まるで巨人の手だ」とユーリが表した絶壁が、オフトファー島の南面であった。巨大な石でできた手が、海を鷲づかみしているかのような姿に、なるほどと同意したことを思い出す。
でも、あれだけの断崖絶壁の島となると……。
探索の困難さに、胸の内だけで溜息をつき、ミクが再びサナに尋ねる。
「それで、その後の経緯は?」
「さっきも言ったように、島には入り江がないから。舟を止めるには岩山にロープをかけ、結びつけるしかないわけなんだけど。ただそれだと風、潮の向きによっては、舟が岸壁に叩きつけられてしまうなんてことに。大型の船なら、少し沖に泊めて錨を沈めるという手があるけど、この島にはそんな船はないし。それで、テッドを運んだ後、一度舟は戻ってきたの。その後、あらかじめ約束していた時間に迎えに行った。なのにそこにはテッドがいなかった。しばらく待っていてくれたらしいのだけど、昼を過ぎた頃から波が高くなってきて。この時季、夕方になればもっと海は荒れるとかで、結局また戻ってきてしまったの。二人とも、すごく恐縮していたわ。何度も何度もわたしに謝って。他の島民達も、明日の朝一番に、総出で迎えに行くと言ってくれたり。親切な人達よ、とても」
「そうでしたか。となると気になるのは、オフトファー島の状況がどうなのかという点だけですね。ヌンタル、なるものが、一体どれほど人に対して攻撃的であるかが――」
「それなんだけど」
ミクの言葉に被さるようにして、サナの声が響く。
「テッドが行ってしまった後、この島の人々にいろいろ聞いて回ったの。そうしたら、もう五十年近くオフトファー島でヌンタルを見かけたことはないって」
「それは」
ミクが首を傾げる。
「絶滅した、ということですか?」
「あるいはどこかに移り住んだか」
「移り住む?」
「ええ」
サナが大きく頷く。