蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(3)  
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「もともとヌンタルは、この島を含むエベッテ諸島一帯に、広く生息していたみたいなの。ただし、各々の島に定住していたわけではなく、ある時はオフトファー島、ある時はキュルスプルフ島という具合に移り住んでいたそうよ。人が増えるにつれ、彼らの行動範囲は狭められていったらしいんだけど。それでもエベッテ諸島にはまだ十数もの無人島があるから、恐らくヌンタルはその一部を彼らの聖域としているのだろうって。オフトファー島は、近過ぎるのでいないのね。人が多く住むスクーマ島に」
「その話に間違いがなければ、人よりも彼らの方が相手を恐れているようですね」
 ミクの口元が、ようやくの安堵に少しだけ綻ぶ。
「とにかくこれで、テッドが非常事態に陥っている可能性が、かなり低くなりました。オフトファー島にいることは間違いない。ヌンタルに襲われたなどということも、まずない。仮にそういう状況になったとしても、レイナル・ガンは所持しているはず。彼に対処できないはずはありません。そうなると、一番考えられるのは、単に時間配分を間違えて探索範囲を広げ過ぎたという、初歩的なミス。あるいは」
 ミクの表情が急速に変化する。吐息に呆れた色が混ざる。
「島民達の舟に乗り遅れても、次にアリエス便が来ると最初から折り込み済みで計画を立てた。もし、そうなら。許しがたい失態ですね」
「でも、とりあえず無事で良かったよね」
 ミクの顔色を伺いながら、ユーリが声を出す。
「今から迎えに行けば済むことだし、ひょっとしたら何かを見つけたかもしれないし」
「その点に関しては、正直期待できませんね。オフトファー島の位置と古代の地図を照らし合わせてみれば」
「あっ、そうか」
 と、納得するユーリを尻目に、サナが疑問の声を上げる。
「なぜ? それ、どういう意味?」
「海底を探索して分かったことなのですが」
 サナの問いかけにミクが答える。
「失われたパルメドア大陸は、単なる地殻変動によって滅びたとは考えにくいのです。大規模な火山活動が断続的に起き、数十年、数百年の単位で海の藻屑と消えていったか。もしくは伝説とは異なり、何千年、何万年もの時をかけ、カルタス全体に及ぶ規模で大陸移動が起こり、その過程で消え失せた。このいずれかであろうと私達は考えていたのですが。海底を調べてみたところ、どちらの兆候も見られませんでした。むしろ、ある意味伝説が、極めて正確であったことが証明された。大陸は本当に、まるでその底に巨大な穴が突然現れたかのように沈んでいました。丸ごと押し込めるように、真っ直ぐ下に。その形の全てを残したまま」
「そんな……」
 サナの目が驚きで大きく見開かれる。
「古代地図そのままの姿で、沈んでいたってこと?」
 突きつけられた不可思議な事実に、黙り込む。しばらく思考に没頭する。
「……でも」
 謎の解明に対して何の糸口も見出せないまま、サナの口が動いた。答えを求める作業を、いったん中止する。心に思った素直な気持ちの方を優先し、言葉にする。
「塔を探す、という目的のためには、その方がいいかも」
「ええ、そうですね」
 ミクが受け継ぐ。
「謎の塔の存在。パルメドアの滅亡。現在のカルタスへと続くそれらの真実を解き明かすためには、一つずつ、根気よく、失われた欠片を集めるしかありません。とりあえず今は、天空塔なるものを見つけることに集中しましょう。ということで、ユーリ」
 赤い髪が揺れる。
「オフトファー島でテッドを直ぐに拾うことができなかった場合は、私だけを降ろし、サナ達と共に先に次の目的地に向かって下さい。塔があったとされるザーノアマルを始め、パルメドアの王都だったパルメドアも、その他数多くの古代都市も、地図によればみな海の底ですが。唯一、アウマロクフという名の都市だけが、今もウクット島として存在している。ひょっとしたら、そこで何か手がかりがつかめるかもしれません。海底での塔探しは全員が揃った後で。テッドを見つけ次第連絡を入れますので」
「分かった。でも」
 ユーリが首を傾げる。
「そっちは一人で大丈――」
 しかし、ユーリは全てを言い切ることなく、語尾を笑みで濁した。一体誰に問いかけているのかと言いたげな緑の目に向かって、改めて言う。
「分かった。ミクも気をつけて」
 微笑が、返される。それを受けユーリが、限界を超えた退屈に、すっかりふてくされてしまったティトを抱かかえる。
 世話になった人々に一通りの挨拶を済ませ、ユーリ達は慌しくスクーマ島を後にした。

 

 
 
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