蒼き騎士の伝説 第六巻 | ||||||||||
第十九章 古の都(1) | ||||||||||
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<古の都>
一
それは、瞬き一つする間に起こった。
景色が一変する。思考はまだ理解を示していない。漠然と首を動かす。ユーリの瞳に、次々と情景が映り込む。
鬱蒼とした森の中。個々の木はそれほど大きいわけではないが、密集して生えているため薄暗い。足元は湿り気を帯び、それが空気に溶け込んで、肌の呼吸をじわりと塞ぐ。風はあるのだが感触は生ぬるく、心地良さとは無縁だ。
その風が、強く吹く。姦しく騒ぐ葉を抱きながら、枝がしなる。木立にわずかな隙間が出来る。浜辺に立っていた時よりも、少し低い位置で、遠く海が輝く。
ここは多分、ウクット島の中心。
ユーリの脳が、ようやく一つの認識を出す。視覚で得た情報だけでは、ウクット島と特定することに無理があったが。ユーリは確信を持ってそう結論付け、思考を先に進めた。
視線をまた間近に戻す。落ち葉や苔生す地面を見据える。どこを向いても一様な光景、と思ったところで改める。エベッテ諸島の中では珍しい、なだらかな地形を有する島には見慣れぬものを見つける。深く地中に埋もれた大きな岩盤。その一部が、地上に白い色を晒している。
白……?
何気なしに行き過ぎようとした意識が、立ち止まる。石があること以上に、その色の珍しさに強く違和感を持つ。少なくともこの石は、一つ隣り、あるいは二つ隣りの島から切り出したものではない。険しい山肌の先だけを、海上に現したかのような他の島々は、みな濃い灰色だった。エベッテ諸島一帯、全てがそうだ。明らかに、石の種類が違う。
この島だけ、他とは異なる岩石で形成されているのだろうか。こんな、ハカナのよう――、
これ……は?
ユーリの瞳が、また別の驚きを発見する。
真北に向かって、地面に傾斜があった。一見、自然な感じだが、こうして軽く土を払ってみると、直ぐにそれが石段であることに気付く。きっちりと平らな、規則性を持った段差。勘と経験を頼りにしただけでは、こうはいかない。高い工学知識と土木建築の技術がなければ、これほどの正確性を持つ物を造ることはできない。視界いっぱいに広がる下り坂。この大きさを、寸分の狂いなく築くことなど出来ようはずがない。
すでにユーリの目は、瞳に映る景色だけを捉えていなかった。木々の緑も地の土色も排し、骨組みをも透かす。
スクーマ島沖の海底で見た半円形の大階段と違い、ウクット島の階段は真っ直ぐであった。段数は少なく、たったの十二段だけ。幅も若干狭い。ただし、階段はそこで尽きたわけではなく、ほんの二メートルほど先に、直ぐまた上る階段が続いていた。今度の段数は九段。だが、下る階段に比べ急なため、結果的には降りた分だけ上る仕組みとなっている。そしてまた下る階段、上る階段。
何か意味でもあるのだろうか。
うねのように、あるいは波のように、島の中心部を目指す階段を、ユーリは一歩進んだ。途端、辺りの景色が揺らぐ。全ての色と形の境が曖昧となり、やがて、元に戻る。新たな情景が目の前に広がる。
北に向かって打ち寄せる階段の波は、西からも、東からも押し寄せていた。白い石の波はさらにもう一つ、ちょうど自分が今佇む波に対する形で、南からも迫っている。ただし東西の、あるいは南北の波が、互いにぶつかり合うことはない。その接点部分は、二百メートル四方ほどの大きな広場となっており、ちょうどキーナスの王家の墓にあったような太い柱で、それは囲まれていた。柱の上部は、レリーフが刻まれた石壁で繋がっており、王家の墓が抽象的であったのに対し、こちらは植物や動物などが写実的に描かれている。レリーフ部分を見る限りは、ハンプシャープの離宮に近い。人の姿も数多くあり、労働する姿や日常的な生活の様子などが、生き生きと表現されている。
あそこに見えるのは船だな。漁に出るところを描いたのだろうか。でも、あれは何だろう?
意識の目で仰ぎ見ながら、ユーリはレリーフに近付いた。