蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十九章 古の都(2)  
               
 
 

 なるほど。この技術があってのあの技か。
 心の中でユーリが呟く。
 広場の中央に長く影を落としていたものは、これら工場群ではなかった。さらに東、絶壁と呼んでも過言ではない山の急斜面を、延々と登った先にある物だった。
 パルメドアの天空塔。
 場所と時間を超え、その名を残す巨大な塔が、遥か彼方に煙っている。その姿より、雲の方が近い。塔は街から完全に切り離されているわけではなく、よくよく目を凝らすと、山肌に細い階段が刻まれているのが分かる。この全長数キロにも及ぶ急階段は二段構えとなっており、中間地点には目に眩しいまでの白さを誇る建物があった。
 ユーリの体が、幻の中を飛ぶ。人々が一日をかけて登る距離を、一秒とかけずに制覇する。改めて、間近となった建物を眺める。
 造りは、塔を囲む柱群とよく似ていた。ただしここには天井があり、もう一つ、人の姿がある。どうやら塔自体に近付くことは禁止されており、この白い建物が終着点となっているようだ。
 建物の入り口で、いくばくかの金を払う。すると、金を受け取った者が、側にある大きな盆に張った水に手を浸し、何やら呪文のようなものを唱える。その間、金を払った者は頭を垂れ、両手を胸に当てながら待つ。呪文が終わると深く一礼をし、静々と奥に進む。そして反対側の柱の陰から塔を仰ぎ見る。いや、正確には、塔のある方向を眺めるだけだ。ここから塔までは距離もあり、角度も急なため見ることはできない。それでも人々は皆膝をつき、拝むような姿勢を取っている。
 その様子、及びその過程を見るに、ここが何らかの宗教的な意味を持つ場所であることは明らかであった。事実、建物を管理する立場にある者達は、様々な約束事に縛られていた。
 まずは服装。街の人々とは異なり、統一されている。足元まである長く白いドレープ状の衣。腰の部分を軽く紐で結んだだけのシンプルな形で、左肩に掛けられた幅十五センチほどの青い帯布が、膝下辺りまで垂れている。動くたび、きらきらと輝くのは、銀糸が織り込まれているからだ。とはいえ、何か模様を浮かび上がらせるまでには至らず、それを違えることで身分を示す仕組みには、どうやらなっていないようだ。
 共通する部分は、行動にもある。常に右腕を折り曲げ、帯に手を添えていること。歩く時は床を擦るように足を進めること。同志、つまり同じ服装の、この建物内で寝食を共にする者とすれ違う時は、左足を引きつつ深く二度礼をするなど、約束事は多い。私語の類が一切無いのも、戒律なのであろう。もっともこれに関しては、塔を詣でた人々も同じで、建物の中では一切口を利かない。人の声は金の受け取り人、恐らく寄付金の類であろうが、それを受け取った者が低く呻くように言葉を綴る、その音だけであった。
「ええい、帰れと言うに」
 静寂が、破られる。ユーリの体が、また時をかけず移動する。カメラのレンズを通すかのようにして捉えていた、建物の直ぐ前に立つ。入り口のある中央から、柱を十本分ほど右に行った場所まで飛ぶ。
「さあ、もう帰れ」
「痛い! 痛たたたっ、放せ、放せ!」
「いい加減にせぬか」
 二人の男が、老婆の腕をつかむ。男達はいずれも、例の白い衣を纏っている。建物の外ならば何をしてもいいというわけでは無いだろうに。老婆への行為も口調も、かなり荒っぽい。
 一方、対する老婆の方も負けてはいない。腰は曲がり、腕や足は枯れ枝のように痩せこけているが、伸ばし放題の白髪から垣間見える顔は生気に満ちていた。はっきりと怒りの感情を表す瞳は、凄みを覚えるほど輝いていた。
「いてて、いててて。こんなか弱き老いぼれに、何という乱暴を。おお嘆かわしい、世も末じゃて」
「うるさいぞ。静かにしろ」
「嘆かわしや、嘆かわしや。愚かなる王に仕える民は不幸なり。いや、民が戯けであるから、王もそうなのか」
「年寄りだと思って手加減していたが、もう許さぬぞ。我が神皇様をこれ以上愚弄するは――」
 ぺっ。
 勢いよく、老婆の口から唾が吐かれる。より強く、腕を締め上げようとした男の顔にそれがかかる。その顔が、激怒に赤く色を変える。

 
 
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  第十九章(2)・2