蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十九章 古の都(2)  
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      二 

 アウマロクフと呼ばれる古代パルメドアの都市は、活気に満ちていた。その全てがフェルーラの記憶に過ぎないことを忘れさせるほど、目の前の情景には現実味があった。実際に市の大通りを、住人達と共に闊歩しているような錯覚を、ユーリは感じていた。
「よお、兄さん、こっちを見てってくれ」
 威勢のいい声を耳にし、思わず後ろを振り返る。
 通りの両サイドには、多くの商店が建ち並んでいた。道幅が広いこと、レンガ造りの建物に統一感があるため、雑な印象はない。売り物も区画ごとにまとめられており、市民の居住区に近いこの一帯は、食料品が中心となっている。
「ほら、見てみな。活きのいいジッカだぜ」
 店の主の呼び込みに、数人が立ち止まる。
 アウマロクフの住人達の服装は、キーナスの人々によく似ていた。肌の色は異なるものの、文化的に強い結びつきがあるのだろう。違いは言葉にもあり、それはユーリの知らないものだったが、意味は分かった。その理由が、フェルーラの意識を共有しているためであることを理解しつつ、ユーリも店を覗き込む。
 高原地帯ゆえ、恐らくは淡水に生息するものばかりであろうが、沢山の魚介類が並ぶ。種類も豊富だ。魚を扱う店は他にもあり、もちろん肉、野菜など他の食材の専門店が先に続く。加工食品の類も多く、経済的な豊かさを一目で感じる。通りは市の中心部に向けて西から東に伸びており、食料店のみならず、衣料、金物、日用品など様々な店が、ぎっしりと密な空間を作っていた。それは、通りから伸びる何本もの横道も同様で、もし一人の観光客という立場でこの場所を訪れたなら、一日中歩き回っても厭きることはないと断言できるほど、魅力に満ちていた。
 ――でも。
 ユーリの視線が通りの行き止まり、東にある広場に向けられる。一瞬にして、そこに立つ。視界に新たな光景が広がる。
 広場は一辺二百メートルほどの、巨大なスクエア型だった。中心には同じく四角い形の噴水。派手に吹き上げるものではなく、こんこんと泉が湧くかのような造りとなっている。広場であったり、あるいは庭であったり。人が何らかの安らぎを求める場所に水を置くというのは、万国どころか、宇宙共通の意識なのかもしれない。
 光を帯びて、丸い水滴が水面に飛び散る。止めどなく刻まれる波紋に手を添える。想像以上の冷たさが、ユーリの指先を刺す。その刺激に促されるように、ユーリは噴水を分断する形で影を落とす物を見上げた。
 広場を挟んだ西側は、比較的背の低い建物ばかりがひしめき合っていた。先ほどの市場を中心とした、いわばアウマロクフの庶民街だ。対する東側は、堅牢という表現が相応しい、厳しい雰囲気の建物で占められていた。その高さ、広さからして明らかに個人の所有物ではない。学校、病院、裁判所。手前に見えるのは銀行だ。もちろん、市政を司る場所もある。市の中枢を担う建物が、広場の直ぐ東に並んでいた。
 さらに視線を奥に伸ばせば、別の情景が広がる。似たような大きな建物が規律よく並ぶ。屋根の先から吐き出される煙で、空が重く濁る。
「あれは、工場?」
 ユーリの呟きに、景色が答える。カメラをズームするかのように、高い煙突を持つ建物がアップとなる。アウマロクフの豊かさを支えるものが何かを、そこで知る。
 羊のような毛から、糸が作られる。その糸を元にして、布が織られる。全ては人の手だけではなく、機械の助けを得て大量に生み出される。動力は蒸気。その燃料として、すでに薪ではなく石炭が使われている。どう少なく見積もっても、キーナスより数世紀ほど進んだ世界。そこかしこの町に製鉄工場が生まれ、巨大な鉄の塊が、大陸全土を縦横無尽に走り回る日はもう間近だ。中世の面影など微塵もない、後に革命と名づけられるほど社会を一変する時代に、アウマロクフの街は突入していた。

 
 
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  第十九章(2)・1