蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十一章 天空塔(2)  
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      二  

 ペンライトに照らされた小魚達の群れが、右に揺れ、そして左に振れる。どれも同じような銀色の身体に思えるが、微妙に白っぽかったり、黒っぽかったり、形にも違いが認められる。種類も数も、湖に棲む魚はさほど多くはないが、塔の周りだけは賑やかだ。それら幾つもの煌く群れのカーテンを過ぎ、砂やら何やらの沈殿物に覆われた湖の底に辿りつく。石壁をぐるりと巡り、ほどなく入り口を見つける。
 入り口の扉を焼き切るために、用意した機材は使わなかった。扉は腐食し、塔からずれた形で砂に埋まっていた。軽くそれを手前に引っ張る。楽に通れるだけの隙間が出来る。全員が、中に入る。
「思った通り、内側も砂だらけか」
 黒いマウスピース越しに、テッドがそう空気を零す。フィンで砂を掃きながら、さらに続ける。
「それほど広くはねえが、塔の中全部を掃除するとなると、かなり面倒なことに――」
「なったでしょうね」
 テッドの物よりやや色味の薄いミクのマウスピースが、泡を出す。
「でも、幸いなことに」
「僕らはこれが、初めてではない」
 丸い空気の粒を吐き出しながら、ユーリの半透明のマウスピースが音を鳴らした。揃って三人が、塔の中央に立つ。無言で屈む。
 過去の経験から、青銅の扉が塔の中心にあることは、まず間違いがなかった。心配した水底の地盤も、手を使っての作業を拒否するほどの固さはない。もし、ナイフを突き立てても刃が折れるくらいのものであったり、あるいは掘り下げる側から崩れてしまうような類の地質であれば、取る方法は一つ。レイナル・ガンで、一気に吹き飛ばさなければならなかったが。空の無い地に追いやられた水の民が、ようやく得たこの聖域を、可能な限り乱したくなかったユーリ達にとって、適度な粘着性を持つ水底の砂は、極めて望ましいものであった。
 黙々と、作業が続く。五十センチほど掘り進めたところで、扉が姿を見せる。丁寧に、その輪郭までも露とする。改めて、不可思議な思いを胸に抱く。
 扉は紛れもなく青銅の色を晒していた。パルコムの成分表示も、それで間違いはない。だがそこに、水と土による腐食の跡は見られなかった。どこか古びた様相を示すものの、時による劣化も最小限のものだった。
 何らかの力が、この中にある。
 興味深げに作業を見守るフパックプフとは対照的に、ユーリ達の表情が厳しく締まる。互いに顔を見合わせ、一つ頷く動作を施す。
 これからの行動は、あらかじめ水上で決めていた。ユーリ達三人は、アリエスにて待機中のサナも交えて、逐次話をすることが可能であったが。水中でも会話ができる、このマウスピースとマスクの装着をフパックプフが嫌がったため、段取りは陸上にて詳細に詰めていた。
 計画に従い、フパックプフに向けてミクが手を伸ばす。躊躇うことなく、フパックプフがその手を取り、床にある青銅の扉に近付く。逆にユーリとテッドがそこから少し離れる。何かが起こった場合、全員が巻き込まれることが無いよう、それでいていざという時には、直ぐ助けられるよう、微妙な距離をとる。
 すでに、カメラの類は設置を終えていた。もしヌンタルがこの塔の鍵であれば、ただ扉が開かれるだけとなるであろうが。そうでない場合に備え、壁、床、天井の全方位をくまなく捉えるよう、八台のカメラが見張っている。例の光文字が現れても、見逃すことのないよう狙っている。
「サナ、画像の方は?」
「大丈夫。全て綺麗に映っているわ」
 ユーリの問いかけに、サナが答える。
「ちゃんとそれぞれの画面の隅に、小さく『REC』という文字も出ているし。これで、後から何度も見ることが出来るのよね。確か『ロクガ』、って言ったかしら」
「ええ、そうです。ですがこの録画は――」
「分かってるわ」
 ミクの言葉を皆まで聞かず、サナが切り返す。
「ロクガはあくまでも補助。上手くサツエイ出来ない場合も考え、可能な限り一回で読み取ってみるわ」
「まあ、お前さんなら大丈夫だろう。読むのは任せたぜ」
「テッド。それは私達も同様です。出来るだけ注意をして――」
「へいへい、そうだったな。ということでユーリ。ここからここまでの壁が、お前の担当だ。後、天井。そして床――は、まあしょうがない。俺が何とか面倒見る。これでいいな」
 ユーリの対面に、青銅の扉を挟む形で立つテッドが、大きく両手を広げた。示した範囲が、塔の内周の三分の二ほどであることに、一言不満を述べようと思ったが。「それでは行きます」、とミクの声が響いたのを受け、ユーリは言葉を呑みこんだ。

 
 
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  第二十章一(2)・1