何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第二章 嘘と真  
               
 
 

「もう、いいです」
「そうか、では、謝罪を兼ねて、案内はお前に頼む。名は?」
「クロノス……クロノス・ワイパーム」
「では、クロノス。半日の方で構わぬから、今すぐ案内をしてくれ」
 そう言うとキャンディは、転がっているカイをつま先で蹴った。
「おい、カイ。早く金を出せ」
「金って――お前なあ」
 上体を起こし、血反吐を一つ吐きながら、カイが呻いた。
「なんで、俺が」
「旅の初日に、出費はその都度、交代で出す約束をしただろう。今朝の飯代はわたしが出した。だから次はお前の番だ」
「今朝の飯代ったって」
 ようやくのそりと立ち上がり、大仰に頬を摩りながら、カイの抗議が続く。
「えらく安っぽい食堂に入って、干し肉一つとチットロ芋の煮込みを一皿だけ注文して。それをみんなでちびちび分けて。たった一二トーマ出しただけじゃねえか。その前に俺が出した宿代は、めちゃくちゃ豪勢な夕食込みで、四五〇〇トーマもしたんだぞ。なんか微妙に、ていうか完全に、不公平だと思うんだがな」
「たまたまだ、たまたま」
 細い眉を吊り上げて、キャンディは撥ね付けた。
「男のくせに、細かいぞ」
「こういうのに、男も女も関係ねーだろうが」
「ぐずぐず言うな。これは契約だ。違反の場合は、今後全額支払うとある。そっちがいいのか」
「分かったよ。全く、あんな契約するんじゃなかったぜ」
 せめてもの抵抗を込めて、そう悪態をつくと、カイは懐から金の入った皮袋を取り出した。
「ほい、六〇〇トーマ。これでいいんだ――」
「クロノス!」
「うっ、やべえ」
 カイの手から、銅貨が零れ落ちる。それを受け取るべきはずだったクロノスが、くるりと身を翻し、全速力で走る。だが、観光客やら何やらでごった返す通りを、思うほど速く進めず、瞬く間にクロノスは、柄の悪そうな男達に囲まれた。
「クロノス、分かってるんだろうな」
 言葉と同時に拳が舞い、あっけなくクロノスは地に転がった。その体に、蹴りが入る。小さな呻き声を上げ、クロノスは腹を抱えて丸まった。
「おい、ちょっと待て」
 容赦なく、さらに蹴りつけようとした男の肩を、カイが押さえる。
「どんな理由の喧嘩なのかは知らんが、五対一ってのはねえだろう。そもそも、喧嘩ってのは――」
「これはこれは、旅のお方」
 気持ち悪いほどへりくだった笑みを浮かべて、男が振り返った。
「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「迷惑?」
 首を捻るカイの傍らで、キャンディが声を出す。
「迷惑とは、どういうことだ?」
「実はこいつ、このクロノスは、詐欺師でして」
「詐欺師?」
「サントマルツ観光連盟協会の名を勝手に使い、観光客のみなさまに法外な値をふっかけるという悪事を繰り返しておりまして。我々の方でも、ほとほと手を焼いているのです」
「法外な値っていうと、普通、いくらなんだ?」
「案内は、半日、三○○トーマとなっておりますが」
「ほう」
 カイの目が冷たくクロノスを見下ろす。
「俺も一発殴っていいか?」
「カイ!」
 声よりも早く飛んできた、向う脛を狙ったキャンディの蹴りを既でかわす。
「何すんだよ、悪いのはこいつだろうが?」
 と抗議するカイを無視して、キャンディが男達の方に向き直る。
「にしても、少しやり過ぎであろう。抵抗のないものに、一方的な暴力を加えるのは。速やかに、憲兵にでも引き渡せば済むことだ」
「それが――」
 分厚い上唇を、引き攣ったようにめくり上がらせながら、男が苦笑する。
「現在、この街の長を務めるディア様が、えらく種族差別問題に熱心な方で。少数民族の保護にうるさいんですよ。おかげで、こうやってとっ捕まえても、ちょっと注意を受けただけで、すぐに放されてしまう。これって、逆差別じゃないんですかね。どう思います?」
「どう思うと言われても」
 キャンディは鼻白んだ。それを見て、男はさらに、品のない笑みを強めて言った。
「まあ、そういうことですので。今回ばかりは我々も、もう少し懲らしめてから、憲兵に引き渡そうと――」
「まだ……殴るの?」
 いつの間にかクロノスの側に蹲り、涙ぐんでいるニコルが声を震わせた。
「まだ……蹴るの?」
「いや……その……」
「あのなあ、ニコル」
 ニコルの持つ雰囲気に押され、言葉を濁す男達に代わってカイが答える。
「今の話、聞いてたろ? 嘘をついた、こいつが悪いんだ」
「君は……」
 ニコルはクロノスの、赤く腫れた顔を覗き込みながら言った。
「僕に嘘をついたの?」
「おい、ニコル。だからそうだって――」
「サントマルツ山のこと」
 クロノスを見つめたまま、ニコルはさらに尋ねた。
「君は、全然知らないの?」
「そんなことはない!」
 叫ぶと同時に、クロノスの口端から一筋血が落ちた。それを拭いながら、また叫ぶ。

 
 
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  第二章・2