何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第二章 嘘と真  
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「サントマルツ山のことなら、何でも知ってる。連盟のやつらなんかより、ずっと。筆記問題だって、俺は全問正解だった。もう一つの変な試験さえなければ、俺だってちゃんと、ちゃんと――」
「待て、クロノス」
 キャンディが口を挟む。
「もう一つの変な試験とはなんだ?」
「聴覚試験だ。それも、背後音の。俺の耳はちょっと違ってるから、その試験だけ、どうしても合格点が取れなくて……」
「背後音の聴覚試験だあ?」
 カイが腕を組む。
「妙な試験だな」
「いや……まあ、何と言いますか。危険感知能力とでも……申しましょうか」
「わたしには」
 卑屈な笑いを浮かべる男達に、キャンディの目が向けられる。
「体のいい、ダラント族を排する試験にしか思えんが」
 碧色の瞳が凍る。その視線に、男達が後退りする。
「あっ!」
 男の視線があらぬ方向に向けられる。
「お、お客さま〜?」
 手を振り、何度もそう声を張り上げながら、走り去る。クロノスを囲んでいた男達も同様に、それぞれ別の方向にそそくさと散る。
「あいつら、逃げたな」
 不満気に小さな口元を歪め、キャンディが唸った。クロノスが、持っていた帽子を深く被り直しながら言う。
「あ、あの……ありがとう」
「礼ならニコルに言え」
 その声に、クロノスはニコルの方に向き直った。
「あの、ありがとう」
 にっこりと、ニコルが笑う。なんだか、お日様みたいな子だなと、クロノスは思った。
「さて、クロノス」
 翠緑色の外套を、軽く翻してキャンディが声を放つ。
「時間が押している。すぐにサントマルツ山の案内をしてくれ」
「おい、キャンディ。この嘘つきに、まだ案内させる気か?」
「わたしの名前は、キャメロンだ」
「彼は嘘つきじゃないよ。山のことは良く知ってるって」
「その部分じゃなくて……つーか、てめえ、余分に取った金返せ」
 そう凄むカイに、クロノスが呟く。
「もう……ここにはいられない」
「あん?」
 クロノスは勢い良く、顔を上げた。
「俺も連れていってくれ。あんた達、エトール山を探してるんだろう?」
 ニコルの顔が、ぱっと輝く。
「君は、エトール山のことを知ってるの?」
「そ、それは……」
 クロノスは口篭もった。
「ああ、ダメダメ。余計な者の面倒みるほど、こちとら金に余裕はねえから――」
「知ってる!」
 クロノスが叫んだ。
「知ってる。俺は……知ってる」
「てめえ、さっきので懲りたんじゃねえのかよ。またそんな――」
「待て」
 鋭い口調でカイを制すると、キャンディはクロノスの真正面に立った。
「クロノス。本当に知っているのか?」
 青い瞳が清と見つめる。クロノスは、それを正視できなかった。すぐに顔を反らし、もごもごと言葉を吐く。
「伝説のあるバロマ山は、エトール山じゃない。キュラノヌ山も、ソダラツ山も違う。他にもいろいろ山については勉強した。そうじゃないかと言われている山は、どれも伝承に当てはまらない。ただ一つだけ、多分……それが」
「多分?」
 氷よりも冷たい声が、キャンディの口から漏れた。その響きに、クロノスが熱くなる。
「違う! 多分じゃない、絶対に、間違いなくそうだ。エトール山は北西の地、ファンダリア領にある山だ。ロンツェとランフェ、この二つの山の中間にある、幻の山が――」
「ちょい待ち。ロンツェとランフェの間に、山なんてあったか?」
 訝しげに眉を寄せるカイに、クロノスが噛み付く。
「だから、幻の山なんだって。そこに辿りつくには、ちょっとしたコツがいるんだよ」
「では、クロノス。お前はそれを、知っているというのか?」
 冷えたままの声が、クロノスを沈黙させる。だが、キャンディは容赦がなかった。
「返事をしろ、クロノス。こっちを向いて」
 ゆるゆるとクロノスが、背けていた顔を戻す。声よりさらに鋭いキャンディの視線に、自身を晒す。
「もう一度聞くぞ。お前は、エトール山へ行く方法を知っているのだな」
 ごくりと自分の喉を通る唾の音を聞きながら、クロノスは頷いた。
「……ああ」
 その瞬間、クロノスの心が激しく揺れた。自分を見つめるキャンディの表情が急変したのだ。冷徹な光を放っていた瞳が、瞬く間に翳り、憂いを持つ。寂しげな風が、その瞳の中で吹く。
 クロノスは、目を伏せた。悲哀を湛えたキャンディの顔を、まともに見ることができなかった。そしてそれ以上に、傍らに立つニコルの顔を、一点の曇りもない笑顔を、見ることができなかった。

 

 
 
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  第二章・3