何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第七章 光の果て  
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「そうやな」
 ルウの顔から笑みが消える。
「方法としては、風を使うのが一番なんやが」
「難しいな」
 目を細め、上空を見やりながらキャンディが呟いた。
 魔法に必要な気はある。確かに、目に映る範囲で生き物の姿は見えないが、空や、湖の周りには、優しい命が溢れていた。この水壁の中にも、きっとたくさんの命があるだろう。気は感じる。十分にある。だが、流れがない。動きがない。生きているのに、死んでいるかのように反応がない。
 相性が悪い――か。
 ルウの言葉を噛み締める。
 場所によって、たまにそういうことがある。吹き溜まりのように、風の通らぬところがある。そういう空間で、周りの気を取り込むことは難しい。魔法は、己の力のみで為さねばならない。
「当分、無理だな」
「そうゆうことや」
「そういうことって、どういうことだ?」
「今すぐ魔法でここから脱出することは、できへんゆうことや」
「できへんって、おい、じゃあどうすんだよ」
「まあ、待ってえなあ」
 ルウが苦笑する。
「今はまだってゆう意味や。ここのところ連発で、ちょっと消耗してしまったさかい。少し休めば、なんとかここから飛び出すくらいの風は」
「そうか」
 ほっと一つ息を吐いて、カイが言った。
「で、それはいつになる?」
「そやな。まあ、十日ほどあれば」
「なっ……」
 ざざっと血の気が引く音を、カイは確かに聞いた。自失の時を経て、ようやく我に返る。
「って、こんなところで十日も、どうすんだよ。荷物は全部上に置いてきてるんだぜ。みんな、飢え死にしちまうぞ」
「十日ぐらい何も食わんでも、死にはせん」
 キャンディが冷ややかに言う。
「がたがた騒ぐな」
「だって、水も上に」
「水ならいっぱいあるだろう」
 キャンディの細い顎が、水壁を指す。それを恨めし気に見つめて、カイが呟いた。
「いっそ、全部飲み干すか」
「そうか、その手があったか。頑張れ、カイ」
「……お前ねえ」
「まあ、とにかく」
 不毛な会話に、ルウが割って入る。
「今は戻ることより、先に進むことやな」
「先に?」
「あった!」
 クロノスの声が、湖の底で渦を巻く。いつの間にか、白い岩山の裏に回り込み、その陰から大きく掲げた右手を振っている。
「あったぞ! ここから中に入れる。ニコル、あったぞ!」
「クロノス……」
 ニコルの頬が明るく映える。とことこと、クロノスの方に向かって走り出す。両手でブルー・スターを抱えているので、足元がおぼつかない。
 いや、おぼつかないのはいつものことか。
 カイは、口元を緩めた。と、背後に視線を感じ、再びそれを締める。
「なんだよ」
「別に」
 短くそう答えると、キャンディは翠緑色の外套を翻した。ルウに続いて、ニコルの後を追う。
「おい、待てよ」
 カイはそう言うと、キャンディの背に向かって軽く肩を竦めた。そして一歩を踏み出した。

 

 
 
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  第七章・2