リリア(ロイ&モイラ・シリーズ1)                  
 
  第一章 依頼  
               
 
 

 

「ああ、モイラ、ロイ。こちらがジェフリー・モーガン氏――モーガン・カンパニーの社長をなさっている方だ。そしてこちらが」
 先ほどのスピーカーの声が、クリアに響く。髪と同じグレーの口髭をたくわえた恰幅の良い初老の男、この探偵事務所の所長であるデュバルが言った。
「そのお嬢さん」
「まあ、なんて可愛らしい!」
 モイラは大げさに声を高めて微笑むと、いかにも温厚そうな紳士に連れられた、十歳くらいの女の子の頭を撫でた。
「お名前は、何て言うのかな? お年はいくつ?」
 しかしその少女は奇妙なまでに無表情で、形良い小さな唇を固く閉ざしている。
「あら、とってもおとなしいお嬢さんなのね。知らない人ばっかりで、びっくりしちゃったかな」
「いいえ、この子は……リリアはいつもそうなんです」
 柔和な風体とは似合わない、強い口調でモーガン氏は言った。
「笑いも泣きもしない。これの母親と同じです」
「まあまあ、モーガンさん。とにかくお座りになって、お話を伺いましょう」
 しゃがれた声で指し示しされたソファに、モーガン氏は押し黙ったまま腰を掛けた。
「さあ、お嬢さんも」
 そう促され、リリアという名の少女も、モーガン氏の傍らにちょこんと座る。
 蜂蜜色の、いかにも柔らかそうな髪。白い肌に血の色がかすかに透ける頬。珊瑚礁の海を思わせるグリーンの瞳に、ルージュをひいたかのような唇。それぞれのパーツの形の秀麗さもさる事ながら、見事なバランスでそれらは配置されており、まさに申し分のない美少女だ。
 ――でも。
 モイラに続いて、デュバル所長の隣に腰を下ろしながら、ロイは思った。
 でも、何故か人工的な、人を拒絶するような美しさだ。何故か……。
「お願いしたいのは、妻を、家を出ていった私の妻を、捜してほしいのです」
「奥様を……ですか?」 デュバル所長が尋ねた。
「ええ、そうです。これに署名をしてもらわなければならないので」
 苦々しい表情でモーガン氏はそう答えると、一枚の封筒をデュバル所長に手渡した。その中身は一通の離婚届であった。すでにモーガン氏のサインがなされている。
 薄っぺらい紙を再び封筒に入れながら、デュバル所長はモーガン氏が再び口を開くのを待った。
「事のおこりは――そう、ちょうど一週間前、ある男から届いた一通の手紙でした」 モーガン氏は言った。
「ゆすりの手紙でした。私共の、正確には、私の妻のある秘密を握っているというのです。その秘密を公表されたくなければ金をよこせと言うものでした。よくあることなのです。小さいながらも会社社長という肩書きを持っていると、ありもしないことをでっちあげて、金を揺すりとろうとする輩に不自由はしない。今回もその類だと思っていました。しかし」
 モーガン氏はそこで言葉を切った。その表情は重く、暗い瞳には怒りの色が満ちていた。
「しかし、今回は違った。その手紙には動かぬ証拠の品、写真が同封されていたのです。その手紙の送り主の男も含め、十数人にも及ぶ見知らぬ男達との、汚らわしい関係を示す写真が――」
「あ〜っ!」 ロイが発するより早く、モイラが大声を出した。
「ど、どうでしょう、所長。わたし、リリアちゃんと隣のお部屋で……そ、そうね。絵本なんか読んだりなんかして」
「どうぞお構いなく、モイラさん」 モーガン氏が冷たく言った。
「この子にそんな気遣いは無用です。リリアは何も感じていません」
「でも……」
 モイラはそこで口を噤んだ。リリアと呼ばれる少女が、先刻からほんの微かな変化もその顔に施さないのを、確かに彼女も認めていたのだ。大人達の会話が全く分からないほど、幼くないにも関わらず……。
「妻のことを……少し、お話しておかなければなりませんな」 モーガン氏は重い口調で言った。
「妻は、我々とは違う、デロス星の人間なのです」
「デロス星?」 モイラが口を挟んだ。

 
 
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  第一章・2