「デロス星といえば、人間の感情を悪の根源とみなし、それらの徹底的な排除、抑制を断行している星よね。でも確かかなり以前から、その純潔にして高尚な理性的社会を守るために、他の惑星との交流を一切断つ、いわば鎖国状態にあるはずだけど」
「宇宙暦、124・05年」 ロイが続けた。
「確かにこの年に、デロス星は鎖国状態に入ったよ。でも、貿易を主の生業とする惑星のいくつかと、細々ではあるが交易が行われているんだ。ダイナ星、ローエン・ガウス星、マーリック星。そして、我がホーネル星ともね」
「妻は、デロス星唯一の港、アーネックスで貿易商品のチェックをする貿易管理官でした」 モーガン氏は再び話し始めた。
「昔は私も自ら船に乗ってあちこち飛び回っており、デロス星にも度々立ち寄っていました。そこで何度か妻と顔を合わせる内に、私は次第に心をひかれていったのです。類まれな美貌、豊かな知性、そして何より極めて従順な、そう、争うという観念のないデロス星の人々は、本当に素直で従順なのです。要するに、デロス星の女性は、男性が女性に求める、まさに理想像であるといえるのです」
その時、モイラの形の良い細い眉のうち、右の方だけがわずかに動いた。もし今の言葉が仮にロイから発せられたのであれば、次の瞬間には、同じく形の良い唇が激しく動くこととなったであろう。相手が初対面で、しかも依頼者であるということが、モイラを踏み止まらせた。
「私は彼女に結婚を申し込みました」 モーガン氏の話は続いた。
「もちろんデロス星の社会は、他惑星の人間との結婚を認めてはいません。私と結婚するためには、妻は自分の星を捨てなければなりませんでした。でも、彼女はなんのためらいもなく、私の申し込みを受けたのです。その時私は、それが妻の愛だと思ったのです」
そこでモーガン氏は視線を落とし、俯いた。膝の上で組んだ彼の両手に、力が込められているのがはっきりと見て取れる。
「それからしばらくの間は、そう勘違いしている間は、私も幸せでした。でもリリアが生まれたころから、私は自分の間違いに気付き始めたのです。あの時、妻はただ私と争うことをしなかっただけなのだと。そもそもデロス星人に愛なんてものはない。愛だけじゃない、感情の全てがないのだ。彼らは人間ではなく人形だ。私は今人形と、それも二つの人形と、家族ごっこをやっているのだと!」
モイラの唇が大きく開いた。が、言葉を発っすることはなかった。今度もまた、かろうじて踏み止まったのだ。それはロイやデュバル所長も同じであった。彼らは一様に、開かれた口元から吐息だけを漏らし、モーガン氏ではなく、その隣の美少女に視線を置いた。人形と称された少女は、本当に人形のように、ただ無表情に座っていた。
確かに、何も感じていないように見える。
ロイは思った。
でも、本当にそうなのだろうか。ひょっとしたら?
「それでも私は、自分の失敗は失敗として、妻にも子供にも生活に不自由はさせなかった」 モーガン氏の声が、怒りのために震える。
「それが今度の、こんな仕打ちはあんまりでしょう! 人形なら人形らしくしていればいいものを! だから私は出て行けと――」
「モーガンさん」 誰よりも早くデュバル所長が声を上げた。
「お気持ちもお話もよくわかりました。とにかくご依頼は、早急に奥様をお探しするということで、よろしいですね」
「――えっ、ええ」
「それから調査の参考に、そのゆすりの手紙と写真をお預かりすることになりますが。無論、秘密は厳守致します」
「ええ……分かりまし――」
「では、こちらをご覧下さい。当社の料金表です。ご依頼内容が尋ね人ということですから、まず、一日当たりこちらの基本料金がかかります。さらに捜索にあたっての実費などが加算され――」
「あの」 早口でまくしたてるデュバル所長を制して、モーガン氏が言った。
「もう一つ依頼したいことがあるのですが」
「もう一つ?」
「この子をしばらく預かってほしいのです」
「お嬢さんを?」
「はい。いずれは施設なり寄宿舎なりに入れるつもりですが、とにかく今は、一時たりともこの子の顔を見ていたくないのです」
その瞬間、モイラとロイは無音の鋭い声を上げた。ほんの少し間をおいて、デュバル所長がおもむろに口を開いた。
「わかりました。お引き受けしましょう。それなりの報酬を頂くことになりますが」
「それは別に――」
「それに――」
デュバル所長はそこで言葉を切ると、少し低い声でゆっくりと言った。
「それに、その方が、お嬢さんにとってもよろしいかもしれませんから」
「…………」
その言葉が効いたのか、手続きを済ませる間、モーガン氏の口から再び何かが発せられることはなかった。
そして彼は一人、その部屋を後にした。リリアという少女を残して。