スエピキ、ピンクマン!                  
 
  第二章 夢か現か  
               
 
 

 あっ、ド○○モン……。
 私はその時、子供向けアニメに出てくる、猫型ロボットを思い浮かべた。さくらちゃんの手が、小箱の中に吸い込まれる。箱の深さは十センチ程度。にも関わらず、さくらちゃんの肘が隠れ、さらに二の腕までが見えなくなる。前述のロボットが持つポケットのように、その先が異次元にでも繋がっていない限り、あり得ない光景だ。
 あっけに取られる私の前で、さくらちゃんは小箱から、銀色に輝くジュラルミン製のアタッシュケースを引っ張り出した。箱の大きさの、五、六倍はある。それを両手でかかえ、私の前に突き出す。
「ほれ」
「……これ?」
 膝をつき、その場に正座しながらケースを受け取る。思ったより重い。私はケースを膝の上に乗せ、さくらちゃんにもう一度尋ねた。
「……これ?」
「そう、それ」
 力強く頷くと、さくらちゃんはまた小箱の中を探った。今度は、目に痛いくらいの、ショッキングピンク色をした布のような物を取り出す。
「これ着て、それ持って、完成や」
「これ……着て?」
 私は、さくらちゃんが手にしているものを、訝しげに見つめた。布と思っていたが、それには形があった。人の形をした、ナイロンのような布地。いわゆる、全身タイツというやつだ。普通、テレビのバラエティ番組などで見かけるものは、顔の部分がくり貫いてあるが、これにはそれがない。よく見ると、頭頂部に小さな穴があるようだが。
 一体、どうやって着るのだろう。
 と、悩んでから身震いする。ショッキングピンクに包まれた、自分の姿を想像してしまったのだ。いや、それより、なんで自分がこれを着なければならないのか。待てよ、もっと根本的な疑問がある。
 私の頭は、大丈夫なのか?
 まだ、夢を見ているのであろうか。いや、さっきトイレで、あの大をした時の、ぴりりと走った肛門の痛みは、確かなものだった。とすると、これは幻覚か? だが、妙な薬を飲んだ覚えはないし、頭を強く打ったわけでもない。そうなると……。
「なにぼさっとしとんねん。ほれ!」
 さくらちゃんの手から私の手に、ショッキングピンクが移される。その瞬間、私の口から驚愕の吐息が漏れた。
 受け取ったショッキングピンクの感触が、予期していたものと違っていた。ひどく、硬質なのだ。冷たい肌触り、はっきりとした抵抗感。そのタッチは、間違いなく金属系なのだが、同時にとても柔らかい。しかも、異常なまでに軽い。
 つまり、手の上に乗っている分には、ふわりと浮いているかのように存在感がないのだが、意識的に押してみると、堅固な抵抗を見せる。実際軽く指で弾くと、堅い音を返してくる。
 見たことのない材質だ。ついでに言うなら、聞いたこともない。だが、これを夢や幻としてしまうには、あまりにも感触がリアルだ。あまりにも……。
 私は、同じくリアルなさくらちゃんの方を向いた。その時私の心は、私の頭を肯定する決定を下していた。普通に質問する。
「これは、一体?」
「スーパー・エクセレント・ゴージャス・クオリティ・スマート・ボーイズ・ウルトラ・スキン・ミラクル・シールド・アンド・ファイティング・ピンクスーツ・キットや」
「………………………………えっと」
「略して、スエゴクスボウスミシアフピキや」
「………………………………えっと」
「まあ、うちらはスエピキって、呼んどるけどな」
「スエピキ……ああ、それなら何とか」
 日頃、メリクリだのアケオメだの、若者の省略言葉に批判的な私だが、この時は素直にスエピキを受け入れた。そして尋ねる。
「で、このスエピキというのは、一体?」
「まあ、簡単に言うと、変身キットやな」
「変身キット?」
「そう、無敵のヒーローになるための」
 私は絶句した。その間に、さくらちゃんの話は続く。
「まず、このスーツを着るやろ。そして、そのジュラルミン・ケースを、こう脇にぴったりと抱えるようにして持つ。その時、ケースの向きに注意せなあかんで。ほら、こっち側、小さな穴が開いとるやろ? ここがカメラになってるから、それを敵に向ける」
「……て、敵?」
「そう。で、その状態のまま、このケースの横に付いてるスイッチを入れれば、たちどころに敵をスキャンできる。後は相手にとって最も有効なものを選択し、変身してやっつけりゃええだけや。な、簡単やろ?」
「……そう、言われても」
 私はさくらちゃんのきらきらとした目に、申し訳ない気持ちを覚えながら言った。
「あまり、よく分からないんだ。スキャンってのは、どういう? それに、有効なものを選択って――」
「仕組みについて、知りたいんか?」
「ああ、まあ」
「そんなん知っても、操作には必要ないで。それに、おっちゃんに言うても分かるかどうか。それでも、聞きたいんか?」
「うん。一応」
「ふん」
 さくらちゃんは、不機嫌そうに口元を尖らせ、小さく息を吐いた。そして、一気にまくし立てる。
「まず、この小さな穴からゲルバッド粒子を放出し、敵の眼球から体内に入り込ませる。粒子は自動的に記憶中枢、すなわち側頭葉に向かい、さらにそこで増殖する。粒子は独自の電気信号を発しながら、そこにある記憶全てをコピーし、さらにそれをトルーパ信号に変換する。それをこのカメラでスキャンし、そのデータをアイ・スコープ――あっ」
 さくらちゃんはそう言うと、例の小箱の中から、今度は銀色のサングラスを取り出した。
 あっ、ウル〇〇マン……。
 私はその時、昔懐かし、子供向け着ぐるみ変身ヒーローを思い浮かべた。分厚い銀縁と、吊り目型のレンズ部分が、それを連想させたのだ。
「このアイ・スコープを忘れとった。スーツの上から、必ずこれを装着せなあかん」
 難しいさくらちゃんの説明が、再び始まる。
「ここに、さっきスキャンしたデータの全てが落とされる。それを元に、敵を倒すのに最適なものが何か、及びその方法を選択する。決定すると同時に、スーツ表面を構成するカレッパス立体偏光子が反応し、忠実にそれを再現すると共に、スーツ全体にゼンクト波動が発動する。これにより、亜空間膜シールドが体全体を包み、さらに脳内アドレナリンが刺激を受け、一時的に身体能力を極限にまで解放するというわけや。これで、分かったか?」
「……い、いや……」
 少しでも分かれば誤魔化したかもしれないが、さっぱり分からなかったので私は正直に答えた。
「何だかよく……というか、まったく」
「だから言うたやろ、おっちゃんには分からんて」
 腕を組み、冷たい目で軽く睨むように私を見上げながら、さくらちゃんは言った。
「時間の無駄やったわ。そんなことより、さっさと実戦や」
「……じ、実戦?」
 急な展開に、私は少し慌てた。

 
 
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  第二章・2