「実戦って、誰かと戦うのか? 私は、どこか戦地にでも行くのか?」
「おっちゃん、そんなことが望みなんか? 戦争に行きたいんか?」
「ち、違う。まったくそんな気はない。ただ、さくらちゃんが、そう言って」
「うちは、おっちゃんの望みを叶えるって言っただけやで。そのために、このキットを出してあげた。これを使って、正義のヒーローとなって、日常の小さな不正を正す。それが、おっちゃんの望みやないんか?」
「……あっ……」
そうか、そういう意味なのか。
私は、ほっと胸を撫で下ろした。と、すぐにその胸が湧き立つ。
そうだ。確かにそれは、私の望みだ。ささやかなる正義。でも今までの私には、それを為す力がなかった。いや、もう自分を偽るのはよそう。私になかったのは、勇気と気概だ。気持ちがなかったのだ。正しいことを正しいと、間違いを間違いだと、胸を張り、堂々と言い、それを為すだけの心が。
そんな臆病者が、小心者が、下手に力など持っても意味がない。むしろ、危険ですらあろう。しかし……。
私は、私の心が、未だかつてないほど澄み切っているのを感じた。この気持ちに嘘はない、そう信じられた。
私は誓う。力に頼りすぎ、溺れるようなことは、決してしない。その力に相応しい精神を、常に心がける。その心構えがない限り、これは受け取ってはならないものなのだ。
私はもう一度、自分自身に覚悟のほどを問いかけると、一つ大きく頷いた。
堅く唇を結ぶ。
目の前の幼い少女を見据える。
そして、崇高なる決意を伝えるべく、毅然として――。
「おっちゃん、なに、ぐずぐずしてんねん。早う着替えて、ピンクマンになってくれへん?」
「……ピッ」
凛とした声を放つ予定であった私の唇が、高い破裂音を漏らした。
「ピンクマン……?」
「そや、ピンクやろ、それ」
「……ピンク……」
「まあ、おっちゃんの気持ちも分からんことはないけど。上を見たら、きりがないさかい」
「上?」
私は首を傾げた。
「上って?」
「ホワイトマン、ゴールドマン、シルバーマン、ブラックマン。その他もろもろ、そういう高レベルスーツの話や」
「すると……」
私は手に持ったピンク色の全身タイツ型スーツを、改めて見やった。
「スーツにはランクがあるわけだ。性能に応じて」
「そや」
「……なら、ちなみにこれは?」
「色で察しがつかへんか? 一番下や。まあその分、誰でも使えるわけやから、気軽でええやろ。高レベルになると、人格審査とか必要やからな。これは年齢、五歳以上なら、無条件で貸し出しOKやから」
「……ははははっ……」
私はさくらちゃんの笑顔に合わせて軽く笑うと、誓いの言葉を胸の中で揉消した。
ひとしきり、乾いた笑いを放った後、手に持ったピンクスーツに視線を落とす。小さな穴に指を突っ込む。ぐいっと引っ張ってみる。思った通り、驚くほどの伸縮性を発揮し、それは伸びた。でも……。
私は顔を上げてさくらちゃんを見た。すでに彼女はくるりと反対方向を向いている。
やっぱり……。
私はパジャマのボタンを外しながら、そう思った。一応、念のため、確認してみる。
「あのう……ちなみに下着は」
「なし!」
間髪入れず、そう答えるさくらちゃんの横で、シマウマがぶるんと鼻を鳴らした。