スターダスト                  
 
  第二章 岐路  
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「おい、マーク。軍に志願したって本当か?」
「ああ」
「何だってまた?」
 そう言いながらネッドは、断りもなくマークの前に座った。フライドチキン、マッシュポテト、オニオンフライ。それぞれがどっさり乗ったトレイに加え、チャイニーズヌードル、ホットドッグ、そして直径二十センチほどの皿に、こんもりと山のように盛られたチョコレートアイスクリームが、テーブルを占拠する。
 マークは意図的に、自分の飲みかけのコーヒーカップを前に押し出した。が、ネッドは全く意に介さず、ホットドッグにかぶり付いた。
「信じられないよ、マーク。どういう理由なのか、さっぱり分からん」
 口の中にまだ物が大部分残っている状態で、器用に言葉を発音するネッドに、マークは呆れながら感心した。
「まあ、いろいろ理由はあるさ」
 コーヒーカップを元の位置に戻しながら言う。
「まず、学費を返さなくていい」
「だけど、別にお前、金に困ってはいないだろう? おやじさんの遺族手当てだって、たっぷりあるし」
「あれは母のものだ。僕のじゃない」
「そうだっけか?」
 あっと言う間にホットドッグを胃袋におさめたネッドは、いかにも無神経者らしく、ずるずると大きな音を立てヌードルをすすった。
「じゃあ他は? 他の理由って何だ?」
「家を出られる」
「何だ、お前。お袋さんと折合いが悪いのか?」
「いや、別に」
「じゃあ、何で?」
「いつかは出て行かなくちゃならないだろう。こういうのは、早いに越したことはない」
「そう――かなあ」
「ぐずぐずしていると、一生ここから出られないよ」
「ああ、それは何となく分かるな」
 空になったヌードルの容器を隅に寄せ、大きなスプーンでアイスクリームをこねくり回しながらネッドは言った。
「ホント、ここはド田舎だからなあ。タイミングよく離れないと、出にくくなっちまう。地元の女なんかと、適当にくっつけられでもしたら、なおさらだ。こんなクソ面白くもねえところで、一生過ごすなんて……うん、分かるな。分かる」
 軽快に町を出て行くような意志が、まるで感じられない弛んだ頬を眺めながら、マークは胸の内で呟いた。
 まさかここでアイスクリームとはな。普通、最後だろ、最後――。
 頭の中で、ネッドの食べる順番当てを楽しんでいたマークは、小さく舌打ちをした。すでに興味はそこに移り、ネッドの言葉は耳に入っていなかった。『おい』と二度ほど促され、ようやく気付く。
「ん?」
「だから、それが理由の全てかって、聞いてんだよ」
「うーん、そうだな」
 嘘のように口の回りをチョコレートだらけにしているネッドの顔を一瞥すると、マークは両手を頭の後ろに宛がった。少し顔を上に向け、天井と壁との境目をぼんやりと見る。
「デルドーマ星人から地球を守るため――ってのは、どうだ?」
「ぶふっ!」
「汚ぇなあ」
「お前が変なこと言うからだろ?」
 ネッドは、チョコレートアイスクリーム掛けとなったオニオンフライを、手元に引き寄せながら言った。
「地球はガードコニカリー・システムが守っている。十二個の人工衛星が。それぞれオート制御装置で動いているから、人の手は必要ない。それを維持するだけの機械工とシステムオペレーターがいれば、十分だ。戦闘機だって、システムの遠隔操作で行なわれるから、基本的に無人だ。特別な場合を除けばね。だから軍は、その特殊な状況にならない限り、必要とされない。戦争において、あまり意味を持たない。地球を守るのは、軍ではなくシステムなんだから。そんなこと、子供だって知ってるだろう。それを、お前」
 ネッドはオニオンフライを両手で一つずつつかむと、それを交互に口の中へと放り込んだ。
「そういや、さあ」
 ネッドの声のトーンが、少し変わる。
「前から不思議に思ってたんだが」
「何?」
「お前のおやじさん、何で戦闘機になんか乗ったんだ? もともとシスオペだったんだろう? それをなんで、軍なんかに入って――」
 マークは後ろに組んでいた両手をほどいた。それをゆっくりと天に伸ばす。
「星に……なりたかったんじゃないの?」
「あん?」
 左手にフライドチキン、右手にスプーンですくったマッシュポテトといった格好のままで、ネッドは首を捻った。
「わけ、分かんねえよ」
「別に、分からなくてもいいよ」
 マークは立ち上がり、コーヒーカップの中身を一気に喉の奥に流し込んだ。
「おい、マーク」
「じゃ、また明日」
 背中を向けながらそう言うと、マークはカップを指定の場所に戻し、足早に食堂を出た。廊下を歩く。塗り立ての壁の塗料が、快と不快の両方の刺激をマークに与える。要するに、目にはなかなか美しいが、匂いは最低だということだ。
 町にただ一つのこの高校は、一ヶ月ほど前から改装工事をしていた。歴史は古い。二百年だか三百年だか、そんな年だ。しかしマーク達学生にとって、それはどうでもよかった。そういうことに拘るのは、大抵年寄りだ。事実、老朽化した校舎を巡って全面建て替えか改装かでもめた時、昔のままの姿を残すべきだと主張したのは、老人ばかりだった。思い出への依存。そしてその記憶の弱体化。マークなどはそう思う。目の前にあることより、昔のことの方が鮮やかで、しかもそれを懐かしく思い出すために形が必要なのだ。僕らのように、目を閉じただけで、記憶の隅々まで呼び起こすことができないんだろう。
 マークは目を閉じた。一瞬にして闇が来る。その奥で、星が光る。駆け抜けるように流れ、戦闘機が燃え、人々が叫び、母がソファの上で泣き――。
「マーク!」

 
 
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  第二章・1