スターダスト | ||||||||||
第二章 岐路 | ||||||||||
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声とともに強く腕をつかまれ、マークは立ち止まった。
「歩きながら眠るのが趣味?」
少し出っ張った頬の上の大きな瞳が、親しげに笑った。
「……ナターシャ」
「そんなんで、戦闘機のパイロットが務まるのかしら?」
「そうだな」
マークはナターシャの肩に、左手を回した。
「気をつけるよ」
「じゃあ、やっぱり本当なのね。軍に志願したっていうのは」
そう言って、ナターシャはマークの腕を振りほどいた。くるりと身を返す。そのまますたすたと歩く。
後を追う。校舎を出て、中庭を通り、正門に向かうアーチをくぐり抜けたところで、ナターシャが立ち止まった。それに合わせ、二メートルほど離れた場所で、マークも歩みを止める。
「一つ、聞いていい?」
振り返り、まじまじとマークを見つめながらナターシャが言った。
「わたしから逃げるため、じゃ、ないわよね」
「違うよ」 マークは即座に答えた。
「そんなんじゃない。君からも、誰からも。何かから逃げるために、軍に志願したわけじゃない」
強く否定しながら、マークは動揺した。正直、ナターシャがこんなことを言うとは、思いもしなかった。自分達は、かなり上手くいっていた。何があっても、その関係が揺らぐことはない。そう胸を張れるくらいに。不安に思うなんてこと、あり得ないくらいに。
「そう。ならいいわ」
ナターシャの言葉に、マークはほっと胸を撫で下ろした。口元に軽く笑みを浮かべ、ナターシャに近付く。しかし、それを迎える彼女の無機質な表情と、『でも』という言葉が、マークの足を二歩進めたところで止めた。
「わたし、待たないわよ」
それでもいいのね。
ナターシャの大きな瞳が、そう語った。
よくはない――。
だが、これだけではナターシャの望む答えにはならない。その後ろに、『分かった、軍に入ることは止めるよ』と続けなければ、意味はない。でも、それは僕の望む答えではない。なら、『そう言わないで、待っていてくれ』と懇願するのはどうだろう。もしも僕が、一事業を起すとか、ブロードウェイでスターを目指すとか、いや、そこまでいかなくても、レストランかパン屋で修行をするのだというような、そんな理由があったなら。それだったら、僕は誇らしくそう言うだろう。自分のことを待っていてくれと。
ナターシャが、マークから視線を外した。ゆっくりと、意識的にゆっくりと、背を向ける。
でも、僕がなろうとしているのは軍人だ。二昔ほど前なら状況は違っていたであろうが、この時代、今において、軍人は何の名誉も理解も得られぬ職業だ。戦争は地上を離れ、人の手を離れ、遥か太陽系外域で慢性的に存在しているに過ぎない。全てはシステムがコントロールし、補助的に、本当にほんの小さな役割を為すために、ごくわずかな人間が戦地へ赴くのみだ。父のように、死して戻らない限り、栄誉も報酬も与えられない。あらゆる職業の底辺に位置する仕事。何らかに理由で社会に隅に追いやられた人間が、その日の暮らしを確保するために志願する。それが、今の軍の姿だ。
ナターシャの後ろ姿が小さくなる。その歩みを緩めることなく、迷うことなく、彼女の足は地を踏む。
星になりたいんだ……。
マークは心の中でそう呟いた。星になりたいだけなんだ。ただ、それだけ。でも、そんな理由――。
マークはふらふらと壁によりかかり、しゃがみ込んだ。両手を額に宛てる。その手を皮膚に擦りつけながら下におろし、顔を覆う。そしてその後、何度か繰り返し思うことを、初めて思う。
何か一言、何でもいいから一言、ちゃんと言葉をかければ良かった。陽だまりのような笑顔の持ち主に、あんな顔をさせたまま、行かせるんじゃなかった。
僕は、僕は心底、ナターシャが好きだったのだから……。