スターダスト                  
 
  第三章 望み得るもの  
      第二章・2へ  
 
 

 

 西暦二五六九年。それまでの五百年以上に渡る、事実上の一国支配。その時代が内部からの崩壊によって終わりを告げた時、激しい反動である激動期が産声を上げ、世界は散り散りとなった。
 人々は陣取り合戦に追われ、いくつもの国家が滅びた。戦争、戦争、戦争。めまぐるしく歴史が動き、平和な時は束の間しかなかった。しかしそれは、この時代の人々が、特別血に飢えていたことを示すものではない。他の時代と同じように、人々は平和を願っていた。そして同時に幸福を求めた。飢えないこと、富めることを、ごく自然に望んだ。他の時代と、何ら変わりなく。
 しかしこの時代の人々は、他の時代の人々より、一歩先に進んだ考えを持っていた。随分と前から、人類が薄っすらと気付いていたこと。それは、全ての人々に、同等の恩恵が与えられることはないという事実。どれほどの善意をかき集めたとしても、人の数だけそこに差が生じるという真実。そして、そのことを冷静に受け止めた彼らにとって、戦争は一種のゲームと化した。
 富めるものが生まれる。貧しきものが溢れる。両者の差は、そのまま力の差となる。大きな力を持つ者は、弱き力を貪り、さらに膨れる。しかし力が巨大化すればするほど、その反発が起きる。そして自身にも歪みが生じる。この地球に等しい力が存在しないのと同様、一なる力も存在しない。他者を全て排して生き残った時点で、その者に力はなくなる。富とは、力とは、他を圧して得るものなのだ。
 結局人々は、力の差の命じるまま争いを続け、突出したものを削ぎ落とし、落ちこぼれたものを排除し、ほどよいところで身を引いた。そしてまた、争う。共倒れにならぬよう、暗黙のルールのもと戦争を繰り返す。
 だが稀に、そのルールを無視するものが出た。そうなると、もう子供の喧嘩だ。手がつけられない。少しずつ、そう、ゆっくりと少しずつ、彼らの計算に狂いが生じる。得るものより失うものが増え、文明は停滞し、地球は疲弊し、人類はその存続ぎりぎりの状態まで追い詰められた。しかしその時、人々の前に救世主が現れる。その名は、デルドーマ星人。地球を征服するために、はるか宇宙の彼方からやってきた敵だ。
 衝撃的な第一報は、海王星の七番目の衛星、トリトンからもたらされた。当時宇宙開発は、当然のごとく足踏み状態で、惑星トリトンにある基地は、二昔ほど前の遺物であった。二万ヘクタールにも及ぶ広大な研究施設から、人間は全て引き払っており、基地の大部分がその機能を失っていた。ただ唯一、オート制御の緊急連絡システムだけがまだ作動しており、基地の内外に異変が起こった場合、速やかにその旨を知らせるよう、息を潜めて待ち続けていた。
 一方、それを受け取るべき受信システムは、本来の持ち主である国家が疾うの昔に消えたため、いくつかの国、企業、組織の手をさ迷い続けていた。ようやく、とある大学の、『平和維持理論研究科』というプレートのかかった、小さな部屋に腰を落ち着けたのは、その十数年ほど前と言われている。大学の、そしてその部屋の主ですら気付かぬほど、隅に追いやられ、埃にまみれて、受信システムは生き続けた。
 そのシステムに、トリトンからの映像が入ったのである。場違いな分野の学生グループによって、それは公開された。そして、人々に大きな衝撃を与えた。
 映像そのものは、さほどショッキングなものではなかった。次々と数機の戦闘機によって基地が破壊される様子は、全て遠隔から捉えられており、迫力に欠けた。しかも無人の寂れた基地には、何の生も感じない。なんだかその辺に転がっている石や岩を、蹴飛ばされたくらいにしか思えない。作り物の映画か何かの方が、よほどインパクトがある。だが、人には想像する能力があった。頭の中でその基地を、今自分の住む街に置きかえる。トリトンを、地球に挿げ替える。脳裏に、火の海と化す地上が映る。
 人は、誇りを持って宣言していい。我々には叡智があると。強きものが弱きものを助け、富めるものが貧しきものを労わる術を知っていると。人々はこの瞬間、初めて一つに結束した。人類共通の敵を前にすることで……。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第三章・1