会議は予想通り、ロバートにとって退屈なものだった。
この席上で専ら雄弁を誇っているのはクリス・ベルベット(知的な美人タイプである)と、スティーブ・ベイカー(典型的な営業マンタイプだ)の二人であった。その他にトーマスという初老の男がいたが、この男は常に議事進行役に徹しており、意見らしいものは何も言わない――と言うより、まるで持っていない感じであった。
後は、会長のロナルド・マーシュ氏。彼はいかにも温厚な紳士といった風体で、会議中多くを語ることはなかったが、全ての議事の一番大切なポイントで決定的な判断を下すのが、彼の役目であった。要するに、この会議上ではマーシュ氏の一言が全ての決定事項となっていたのだ。しかし、だからと言って、それが独断的で無謀な結論に至るような事は決してなかった。その辺の的確な判断力、理性的な見地は、しばしばロバートを感服させていた。
「それでは次の議題に入りますが――」 トーマスが言った。
「えー。次は、E−515地区の保護打ち切りの件ですが――」
「打ち切り?」
ロバートが声を上げた。E−515地区≠ニ打ち切り≠ニいう二つの言葉が、彼の脳を刺激したのだ。
「ええ、そうです」
トーマスに代わってスティーブ・ベイカーが答えた。
「まず、これをご覧下さい」
一枚の白い紙が、皆に配られた。
「これは過去五十年間に渡るE−515地区の収支決算表です。まあ、この地区に関しては前々から問題になっていました。つまり、保護のための諸設備にかかる金額があまりにも莫大であること。それに反して政府助成金、及び各種団体、見学者等からの寄付金、すなわち収益の部分ですが、年々、それも加速度的な減少を示しているということです。これまでは、野生動物の保護という、我々にとっての第一の名分を考え、打ち切りに関しては延び延びになっていましたが。昨年度、ついに支出が収益の五倍を超える結果となり、これ以上の存続は無理という判断を下さざるを得ないと――」
「あの……」
ロバートがそこで、そして多分この長い会議中初めて、口を挟んだ。
「確かに大幅な赤字は大変な事態ですけれど、打ち切りというのは……何か他に対策はないのですか?」
「我々とて、何もしなかった訳ではありません」
スティーブは少々不愉快そうな声を出した。
「それに、もともとこのE−515地区は死の土地、生命を育むには不適な土地なのです」
「それは知ってますよ」
ロバートは優しげな目で言った。
「しかし、その土地を生命ある土地に開拓したのが、このヘインスティング野生動物保護園の、そもそもの始まりではないですか。我々の持つ知恵、科学力の全てを使って、この広い世界の隅々まで、生命で溢れさせるという素晴らしい理想の下に……。事実、現在では約七十%に渡る地域に、生命は育まれています。多少の赤字のために、折角開拓したE−515地区を、再び死の土地にするなんて、僕は反対ですね」
「多少の赤字ですと!」 スティーブは少し声を荒げた。
「莫大な赤字ですよ。莫大な! はっきり言いますが、このE−515地区にかかる費用で、まだ未開発のA−102、A−103、それにZ−R地区、少なくともこの三地区の開発が可能です。要するに、営業的にも、そして我々の理想の実現のためにも、E−515地区の保護打ち切りは、最善の方策なのです」
「最善という言い方はどうも――」
ロバートの目から柔らかい光が消えた。
「あなたが最善とおっしゃるのは、あくまでも我々の都合上のことだけでしょう? 特に、収支のバランスの改善のためという。しかし、我々はまず第一に、E−515地区の動物達にとっての最善を考えるべきじゃないのですか? 確かにあなたの言い分も、あなたの立場も解らないわけではありませんが……よろしいでしょう。ここで仮に、今現在の彼らにとっての最善が不可能である――つまりE−515地区をどうしても打ち切りにせざるを得ないと仮定しましょう。そうなった場合、我々が次に取るべき行動が、間違いなくその時点での彼ら、E−515地区の動物達にとって最善であるかどうかです。我々は常にそのことを意識する必要があるのではありませんか? 考えられる対策としては、動物達を他地区へ移動させることぐらいでしょうが、その辺の計画は、ちゃんと立っているのでしょうか?」
「移動の計画はありません」
スティーブは憮然とした表情で言った。
「それこそ、莫大な費用がかかる」
「冗談じゃない!」 ロバートは声を大きくした。
「それじゃあ、動物達を見殺しにするってことじゃないですか? いくらなんでも勝手過ぎる!」
「でも、そこまで考慮すべき価値ある動物とは思えませんけれど」
美しい声――ただし、メタリックな冷たさをも感じさせる声で、クリス・ベルベットが言った。
「どういう意味です?」 ロバートは尋ねた。
「つまり、E−515地区の動物の価値についてです」
メタリックな声がなおも続いた。
「そもそもE−515地区の莫大な赤字の原因は、そこに住む動物達自体の価値にあるのではないでしょうか? あの地区の動物達は、取りたてて美点があるわけではありません。特に珍しい動物といったわけでもありませんし。それに、トレミングさん、あなたの論文の中に出てくるR−001地区の動物達のように、高度な知能を持つわけでもありません。それどころか野蛮で、極めて低能な動物ではありませんか。そんな動物に対して、保護のための寄付金も、見学者も、集まるはずがありません。いえ、大体、保護の必要性すら感じられないような動物達です」
「そのような考え方は、賛同できかねます」 ロバートは言った。
「生命に優劣があるとは僕には思えません。知能の高いものが上で、そうでないものが下だなんて、僕は――」
「では、あなたの論文にあったR−001地区の保護はどう考えていらっしゃるのです?」
クリスは逆に尋ねた。
「彼らの高度な知能、わたくし達に匹敵するような知能を持つ彼らの救済を、一刻も早くと望んでおきながら、おかしいですわ」
「それとこれとは――」
「実際のところ、どうなんでしょう」
穏やかで深みのある声、それでいて、どこか凄みのある声――ついに、ロナルド・マーシュ氏が口を開いた。