短編集3                  
 
  Good choice  
               
 
 

 

『人生の岐路、悩んだとき、迷ったとき、わたし達がGood choiceのお手伝いを!』
 それが、この目の前にある大きなダンボール箱の中身、その商品のキャッチコピーだった。文字だけの広告。胡散臭さは山ほど感じたが、そのシンプルな作りに興味を覚え、手を出した。期待半分、不安半分で開けてみる。横70センチ、高さ30センチ、奥行き40センチ。ぱっと見、海賊のお宝といった風情のずっしりと重い箱が出てくる。ダンボールの底には、薄い紙切れが三枚。説明書と保証書と、通信販売の申込書。その中の説明書を手に取る。

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 1
コンセントを差し込み、電源を入れて下さい。
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 その通りにする。

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 2
箱を開け、人形が全部揃っているかを確認して下さい。
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 人形――?。
 俺は宝箱の蓋を開けた。
「おぉ!」
 思わず声を上げる。箱の中には小さな百体の人形が、ぎっしりと立ち並んでいた。全部女の子の姿。と言ってもガキじゃない。中にはガキっぽいのもあるが、ちょうど俺と同じくらいの十六、七から二十三、四といった感じまで。かなりリアルな姿の人形だ。
 服装も凝っていて、スチュワーデス、婦人警官、白衣の天使など、一歩間違えれば危ない系の定番に加え、ごく普通の、街中に出て辺りを見渡した時に目の中に入ってくるような、そんな雰囲気のものまで揃っている。しかも一体一体、体格が微妙に違っており、背丈はもちろん、そのプロポーションも、数と同じだけ種類があった。
 特に見事なのは顔。2センチ弱の小さな枠内で、はっきりくっきり違いを出している。しかもどれもが並以上、いや、並はカットしてそれ以上。要するに、美少女、美女が美しく咲き乱れる、百花繚乱箱とでも言うべきか。人形やバーチャルな世界にのめり込む性質ではないが、これだけ素晴らしいものを見せられると、ふと、そんな気持ちも分からなくはないと思ってしまう。
 そう言えば、商品申し込みの際、性別や年齢、さらには趣味趣向を記入する欄があったけど、客に合わせて何通りか種類があるのかな――。
 俺はそこで、通信販売の申し込み書を摘み上げた。
 おっ、やっぱりそうだ。
 ずらりと美少年、美青年が立ち並ぶ箱の写真を見て、俺は一人頷いた。
 これは女性用かな。でも、普通女って、こういうものには興味ないんじゃ。て、ことは――。
 想像が、あまり自分にとって気持ちのよくない方向へ行ったので、思考を止めるべく紙を裏返す。
「うっ」
 強い刺激に、小さく呻く。そこにはまた別バージョン、マニアックバージョンなるものの写真が載っていた。
 ここまで来たら、もう本来の用途から外れてるよな。
 俺はぺろんとその紙を放り投げた。そして、正当なる目的に戻る。

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 3
箱の前面のスイッチを押しながら、
人形に向かって質問して下さい。
ただし必ず、『YES』か『NO』かの答えとなるようにして下さい。
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 ふ〜ん。
 俺は心の中で呟いた。では早速。まずはお台場か、横浜か、だよな。つーことは――。
 箱の前の小さなポッチを押しながら、俺は心持ち声を張り上げた。
「明日のデート、お台場に行った方がいい?」
 静寂。
 あれ? なんかマズったかな。と言うか、それ以前に、あまりにもバカげていて、めちゃめちゃ空しいような。
 ギギギギ……。
 大分間を置いて、箱の底が、奇怪な音で唸り出した。それに合わせ、人形がカタカタと震える。そして――。
「イエ〜ス!」
「ノオォォ!」

 多分。

 多分俺はその時、この世の中で一番マヌケな面をしていたと思う。『YES』と叫んだのは、頭上に両腕を高く掲げ、大きな円を描いている人形達。そして『NO』と叫んだのは、胸の前で手を交差させ、バツ印しを作っている人形達。
 なんじゃ、こりゃ……。
 思いっきり引いてしまった俺の前で、箱がさらにギリギリと音を立てる。『NO』と叫んだ人形達が、ぐいぐいとせり上がる。
「おわっ!」
 それは一瞬のことであった。宝箱の蓋がバタンと閉じバタンと開いた。せり上がった人形達は、木端微塵に砕けた。残骸が痛々しく哀れだ。
 って、これでいいのか?
 俺は説明書に目をやった。

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 4
あなたの質問に人形達が答えを出します。
全ての決定は多数決となります。
その際、少数派の人形は自動的に破壊されます。
これは結論が出たにも関わらず、受け入れることができずに、
また悩んでしまうことのないよう、考えられた処置です。
よって、質問ができる数は限られています。
一つ一つの答えを、大切にして下さい。
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 なるほどね、壊れてるわけではないんだ。
 と、胸の内で呟く俺の耳に、またキリキリと機械音が飛び込んできた。なんと残りの人形達が、ぐりぐりとせり上がってきている。
 あれ? なんで?
 慌てて説明書に目を落とそうとした瞬間、予期せぬ光景が目に映った。

 
 
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