運命とは時に残酷な仕打ちをするものだが、それには必ず理由がある――そういう話がある。
そして俺は、ずっとその説を信じ続けてきた。
だが――。
それならば、俺に課せられた残酷すぎる運命にも、理由はあるのだろうか。

俺は昔、騎手候補生だった。
しかし――ある春の日、あらぬ疑いをかけられて退学処分となった。
俺が、同期仲間の僚を襲撃したというのだ――。

もちろん、俺はそんなことはしていない。
例えどんなに憎い相手がいたとしても、そいつを痛めつけようとは絶対に思わない。
そう言って、俺は必死に「退学」の決断を下した競馬学校の人に無実を訴えた。
だが、感情論は通用しないのが現代の世の中。
僚が襲われたとき現場の資料室周辺にいたのは俺ひとりだけだった――それが充分な証拠とされ、俺は追い出されることとなったのだ。

俺が競馬学校を去ったとき、僚はまだ目覚めていなかった。
教官たちに疑われていたときは俺の味方をしてくれた他の同期生たちも、去りゆく俺を見送ってはくれなかった。
顔を見せたら俺がつらいだろうと考えたのか、それとも――本当はあいつらも俺が僚を襲ったと思っていて、顔も見たくなかったのか。
それは、わからない。
あれから4年半以上が過ぎた今でも、あいつらからの連絡は一切ない。
だから、すべての真相はいまだに謎のままだ。
同期生たちの気持ちも、僚の事件の真実も。

俺なりに考えていたことはある。
……いや、それは考えなどではなく、醜い疑いが頭から離れないだけなのかもしれない。

あの事件が起きる直前、俺は立入禁止の資料室に入り込んでいた僚、そして同期生の泰明とレイラを見つけ、それを教官に言いつけた。3人は教官の前にひっぱっていかれ、相当怒られたらしい。
それに関しては、後悔はしていない。泰明はともかく、僚とレイラは「懲りないタイプ」で、見逃したらまた同じことをするだろうと思ったからだ。
ところが、俺は3人を発見したとき、資料室に自分の帽子を落としてきてしまった。
それを探して再び資料室に行き着いて、そこで俺は――倒れて気を失っている僚を見つけたのだった。
そんな事情があるだけに、こういう推理もできてしまうのだ。
僚は告げ口した俺を恨み、退学にしてやろうと思って、わざと俺に疑いがかかるタイミングで自分の頭を殴ったのではないか――。

……情けない。
僚がそんなやつじゃないことは、俺にだってわかっている。
なのに……今の自分の状態を定めた犯人を、運命などという曖昧なものではなく、誰かというはっきりした存在のせいにしたくなってしまうのだ。
本当に、情けない。

本音を言えば、騎手への夢を不本意な形で断ち切られたのは、ものすごく悔しい。
例え運命が「理由ある残酷な仕打ち」として俺の人生に計画的にそれを用意していたとしても。
同期生だった彼らが騎手として立派に活躍し、大きなレースを勝ったニュースなどを聞くと確かに嬉しく思うが、心の底にはやはり、素直に喜べない部分が残っている。
俺も騎手になっていれば、ああいう活躍ができたかもしれないのに――と。
そんな未練がましいことは、なるべく考えたくない。
だから俺は、今ではほとんど競馬を見なくなってしまった。

競馬学校を退学になってからも、一時期は騎手への夢を棄てきれず、海外へ行って修業しようとまで思ったものだ。
しかし、現代の情報伝達の早さと広さには驚かされる。
俺が殺人未遂事件を起こして競馬学校を退学になったという話は、日本中どころか世界中の競馬界に伝わっていた。
俺を受け入れてくれる競馬界は、もうどこにもなかった……。

そういうわけで、俺は競馬の世界で生きるのを完全にあきらめざるを得なかった。
2年遅れで普通の高校に入り、今年の春に卒業して、それからはやはり普通の大学に通っている。
今の大学には、俺の過去を知る人は誰もいない。それは平和なことかもしれない。

だが――やはり、今でも夢を見る。
俺は栗東所属の若手ジョッキーになり、順調に勝ち星を重ねて、今ではリーディング争いにも名を連ねていたり……。
頭では未練がましいとわかっていても、潜在意識はしつこいほどにその夢を俺に見せる。

……今、思うこと。
運命はなぜ、俺を騎手にしてくれなかったのだろう。
騎手になったら、そのうち落馬で死ぬ結末になっていたとでもいうのか。
それとも、思ったように活躍できなくて悩み、衰弱することになっていたとでもいうのか。
あるいは――考えたくはないが、理由などなく、単に運が悪かっただけなのだろうか――。

今週は有馬記念。
主戦騎手の落馬負傷により、僚が有力馬の鞍上をまかされることになったと伝え聞いた。
あいつは競馬学校時代から、尊敬する親父さんに捧げる重賞勝ち、そしてG1勝ちがどうしても欲しいと言い続けていた。
だから、あいつには勝ってほしい。
同期生だった真奈ちゃんも同じ有馬に乗るそうだが、俺はやはり今回は僚に勝たせてやりたい。
もしそれが叶ったら、今度こそ俺は未練を振り切り、素直に競馬を見ることができそうな気がする。
僚の勝利をこう解釈して、競馬に関するすべてを過去にするのだ。

――俺の競馬人生におけるすべての運は、時を超えて僚に注がれ、あいつにG1を勝たせるために使われる運命だったのだと。

 

 

運命

(隠しシナリオ No.15)


あとがきを読む          プロフィールに戻る