……私は、悲しかった。
が、その悲しみがいったいどこから来るものなのか……私にはわからなかった。
母に裏切られたことなどは、今までにも多々あったのに。

とにかく、これが人目についたら大変なことになる。
私はCDロムをパソコン本体から取り出し、ケースに収めて引き出しに戻した。
同時に、本体の履歴も消した。
これで、とりあえず誰かに見られる心配はない。

 

 

……。
気合いをつけて整理作業に戻ったものの、気は晴れない。
何か、今まで生きてきた21年間がすべて偽りだったような、そんな気分になるばかりだ。

……ロマネスクの有馬乗り替わり問題にしてもこれにしても、何ということだろう。
まるで、どこかの誰かが私を惑わそうと企んでいるかのようだ。
もちろん、そんなのは私の邪推で、真実がこの引き出しの中にあることはわかっている。
わかっているからこそ、この悲しみが湧き出てくるのか……。

整理作業を一通り終えると、私は問題のCDロムを再び取り出し、自分のバッグに入れた。
やはり、自分ひとりの中にしまい込んでおくには荷が重すぎた。

……僚に相談しよう。
人に寄りかかるのは嫌いだが、こんなとき当たり障りなく悲しみを受け止めてくれるのは彼しかいない。

私はバッグを持って外に出ると、掃除中のきっかさんに一言断って、僚がいると思われる寺西厩舎へと向かった……。

 

 

寺西厩舎の大仲部屋には、僚はいなかった。
ただひとり、伸おじさんが、留守番をするように椅子に座ってぼんやりしていただけだった。
「ああ、真奈ちゃんか。おはよう」
「おはようございます。あの、僚は……」
「今日はまだ会ってないよ。ここにも来てないし。わざわざここまで来たってことは、携帯鳴らしても出ないのか?」
「あ……」
そんな基本的なことも忘れていた。本当に、今日の私はどうかしてるわ。

「……真奈ちゃん、何か元気ないね」
伸おじさんは、私の顔をまっすぐに見た。さすがに私の実質的な「育て親」だけあって、鋭いようだ。
「ええ……少し、訳がありまして。それについて相談しようと、僚を探していたんです」
「それは、俺じゃだめな話か? 俺でよければ、今ここで相談に乗るよ」
「えっ……」
今度は、私が伸おじさんの顔をまっすぐに見てしまった。

親子といっても、伸おじさんは僚とは違うタイプだ。僚がぶっきらぼうで行き当たりばったりなのに対して、おじさんは笑顔を絶やさない穏やかな人だ。ただ、他人に優しいところは同じで、それを考えるとおじさんでも問題はないように思える。
だが――おじさんにとっては、母も長瀬先生も古くからの仲間かつ親友だ。こんな話をしてもいいものだろうか。
やはり、ここは少しでも遠い僚にした方がいいんじゃないかしら……。

私は考えた。
そして……。

 

 

A  この場で伸おじさんに話すことにした。

B  やはり最初に決めた通り、僚を探して相談することにした。


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