感じたのは、違和感ばかりだった。
それは私があまり感情に流されないタイプだからだろうとも思ったが、よくよく考えると、確かに不自然な点が目立つのだ。
まず、日記のバックアップなら、2007年11月12日からの約1ヶ月分しかないのは変だ。
長瀬先生は物を書くのを苦にはされない方だから、3日坊主ならぬ1ヶ月坊主で終わったとは考えにくい。重要な部分だから特別に取っておいたとも考えられるが、12月16日を境に私のことが何ひとつ書かれなくなったわけはあるまい。テキストファイルだけならCDロムには相当入るのだから、普通ならこの後も何年間か分の日記が保存されてなければおかしい。
そして、私がこれを見つけたのは、偶然にしてはできすぎているような気がする。
仮にこの日記の内容がすべて事実だとすると、21年間ずっと秘密にしていたのだから、長瀬先生は今後も私にこの内容を知らせるつもりはなかったと思われる。ゆえに、私にCDロムの整理を命じる前に、これをどこかわかりにくい場所に隠すなり何なりなさったはずだ。
なのに、私はこれを見つけた。
まるで、私に見つけさせるために存在していたかのようなこれを。
もしかするとこれは、何らかの理由で私か長瀬先生を陥れるために、誰かが私に見つけさせるべく捏造した物では……?
どうしても、そう考えてしまう。
いったい、誰が……?
私は、ディスプレイを前に考え込んだ。
……非常に失礼ではあるが、真っ先に浮かんだのは長瀬先生だった。
先生が私を陥れようとなさるとは思えないが、自分でこれを作っておき、私に整理を命じて見つけさせたと考えるのがやはり一番自然だ。
ファイルの作成日時は、セーブするときにパソコン本体の年月日を調整すれば簡単に偽造できる。先生は文系人間でパソコンのような機械類は苦手でいらっしゃるが、それくらいならば誰にでもできるだろう――。
そんなことを思いながら、ディスプレイの右下の時計表示に目をやる。
「10:57」との表示。
このパソコンはかなり古い物で、内蔵時計が1ヶ月に3分ほど遅れてしまう。この遅れを直すのは私の役目になっているが、ここ1ヶ月ほどは一度も調整していない。つまり、表示は10時57分でも、実際にはもう11時をまわったあたりなのだ。
そろそろ直しておかないと、不都合も出るわね。
そう感じて、私は今の正確な時刻を知ろうと、自分の携帯を取り出した。
……あら?
携帯のディスプレイ表示も「10:57」だった。
おかしいと思いつつ、バッグから年代物のアナログの懐中時計を出して見ると、その針もまだ11時には到達していない。
パソコンの時計の方が合っているんだわ!
ということは……ここ1ヶ月の間に、私以外の誰かがこの時計をいじったというの?
待って。
1ヶ月前といえば……11月中旬。私の誕生日があった頃だ。
日付が同じなら、21年前の日記を捏造するときも年を直すだけですむ……。
もしかすると……。
この日記は、このパソコンで1ヶ月かけて作られたものなのかもしれない。
そうならば、犯人はこの厩舎内の人物とみてほぼ間違いない――。
――推理がそこに及ぶと、やはり真っ先に長瀬先生の顔が浮かんでしまう。
だが、考えてみれば、彼には動機がない。
自分で言うのも何だが、私と先生は仲よくやっているし、理想的な師弟関係だと思う。
それに、彼はこの厩舎の長であり、一番発言力がある立場なのだから、こんな面倒なことをする必要はない。私に不満があるなら、一言「出ていけ」と言えば、それだけで私は逆らえないのだ。
第一、この日記の内容が問題だ。捏造ならば「人妻に手を出した」などというストーリーは使わないだろう。もし周囲に知れたら、私よりも彼自身の立場の方が危なくなるのは明らかだ。
しかし――私には他人の心はわからない。
想像もつかないような理由を抱えている可能性も、なくはないのだ――。
陥れようとした対象が私でなく長瀬先生だったと仮定すれば、スタッフたちの方には、動機らしきものがあるにはある。
先生は厳しい。ご自分にも厳しいが、他人にも厳しい。ちょっと嫌がらせをしてやろう、くらいのことを考えるスタッフはいるかもしれない。
だが、それにしては手段が悪質すぎる気もする……。
――私は、考えた。
この日記は、結局誰が書いたものなのかしら……。
A ……信じたくはないが、やはり長瀬先生以外に考えられない。
B どうしても長瀬先生とは思えない。きっと犯人は他にいるはずだ。