周囲にいた何人かに聞いたところ、やはり無駄な抵抗は試みない方がいいという意見が多数だった。
それを受け入れ、私は4階の自分の部屋に戻ってきた。それは考え事をするためであって、怖かったからではない。

……しかし、この状態はいつまで続くのだろう。
犯人グループが投降するか、警官隊が来て突入してくれれば解決となるのだが、どうもそんな簡単にはおさまりそうにない。少なくとも連中には、抵抗されにくいように男性だけを解放したり、私たちが助けを求められないようにセンサーを取りつけたりするだけの計画性があるのだ。長期戦は覚悟しなければなるまい。

……。
もしかしたら犯人たちは、女だけ残したことで多少は油断しているかもしれない。ひとりだけなら、不意打ちで倒したりはできないものだろうか。
女だとはいえ、私たちは騎手や厩務員だ。それなりに体を鍛えていたりする。だから、例えば怖がっているように見せかけながら3人ほどでくっついて横を通り過ぎ、後ろにまわったときに3人一緒に一撃を加えるとか……。

……。

どうしたのかしら。
普段の私なら絶対考えないことを、とりとめもなく考えてしまう。
やはり――そう思いたくはなかったが、私も少しは動揺しているということなのだろうか。

……!!

――そのとき、部屋に引いてある電話が鳴った。私は驚きながら、座っていた体勢から立ち上がり、その電話の前へ飛んでいった。
この電話は、センサーに引っかからなかったみたい――。
携帯が主流になった現在だが、これは私が自分の好みで部屋に引いている電話だ。もう10年以上前の型で、電話としての機能に異常はないが、発信元の番号を表示する、いわゆるナンバーディスプレイ機能は壊れてしまっている。
普段は気にしていなかったものの、こういうときには相手がわからないというのはかなり不安な要素だ。
出るべきか、出ないべきか……。
私はほんの少しだけ迷ったが、出てみることにした。相手は、敵よりは味方の可能性の方が圧倒的に高いのだ。

「はい……」
『真奈か!? 俺だ!』

「僚!?」
なんと、電話は僚からだった! 思わず受話器を握りしめ、痛いほどにしっかり耳に当てる。
でも……。
『大丈夫か! 今、どうなってる!?』
「どうもこうも……あなた、どうしてこっちの電話を鳴らしたの?」
私はそれが気になっていた。普通なら携帯を鳴らすはずだ。そして、もしそうしていたらセンサーが作動し、私たちは……。
『いや、やつらの前で携帯鳴ったりしたら、刺激することになっちまわないかって思って』
頭が悪そうに見える僚でも、いざというときにはちゃんと考えてくれるんだわ――。
私はそれに感謝した。
「よかったわ。……実はあの連中、この建物の周囲をセンサーで囲ったのよ。人間や物や電波や……とにかく何かが触ると大きなアラームが鳴るみたい。つまり、私たちが外へ逃げたり助けを求めたりできないようにしたの。しかも、鳴ったら即座に全員を殺すって……」
私の説明に、僚は黙り込んだ。中の事態を把握して、その深刻さについ無言になってしまったのだろう。
「でも、こうやって線でつながった電話で話す分には問題ないみたいね。あの連中もそこまでは考慮してなかったのかしら」
だから私は、少しはプラス方面のことを言った。
『今時、そんなタイプの電話は骨董品だからな。うっかり忘れたって無理はない』
僚はいつもの僚に戻り、答えた。そして続ける。
『……と、それよりお前、さっきの質問、答えてもらってないぞ。中の様子はどうなんだ?』
「大丈夫、落ち着いてるわ。静かに助けを待った方がいいと思って、みんなおとなしくしてるの」
私は今の状況を的確に伝えた。
ところが。

『真奈。俺と泰明とで考えたことだ。……例え警官隊が助けに来ても、お前らが中にいる間は突入はできない。だから俺たちは俺たちで、何とかお前らの救出作戦を練ろうと思う』

「危ないわ! 余計な真似はしないでちょうだい!」
私は大声で叫んだ。当然だ。誰でもそう答えるだろう。
――しかし、僚は強かった。
『真奈、よく聞け。俺や泰明は、ある程度は中の様子を知っている。お前はリアルタイムで知ることができる。しかもこの電話はつながってて、やつらはまだそれに気付いてない。チャンスなんだ。あとは頭を使えば、きっと何かいい方法が見つかるはずだ!』

……。
私は考えた。
正直に言って、僚や泰明くんにどうこうできる問題ではない。だが彼の言う通り、この電話が使用可能で犯人たちがそれに気付いていないというのは大きい。私たちが中の何かを調べて彼に伝えられれば、警察の救出作戦に役立つかもしれない。
ここは、僚の心を受け止めてみようかしら……。

「……そうね。それは私たちにしかできないわ。了解よ」
私は、ついにそう答えた。
『よし!』
僚の声は力強く、そして心強い。
私には僚がついている――そう考えるだけで、勇気が何倍にもなった気がした。

「じゃあ、私たちは何をすればいいかしら」
私が聞くと、僚は少し考えて言った。
『センサーがあるなら、そのスイッチも必ず建物の中にあるはずだ。位置を探ってくれないか?』
「わかったわ。まかせておいて」
私は自信を持って答えた。だいたいではあるが、あの女の行動から推測して、裏口の近辺だと思われる。それを確認するだけならどうということはない。確かに銃を持った武装集団のそばを歩きまわるのは怖いが、目立った動きをしなければ大丈夫だろうし、第一私個人の感情でチャンスを無駄にするわけにはいかない。
『頼む。わかったら、またその電話から俺の携帯を鳴らしてくれ』
「ええ。じゃあ、急いだ方がいいから、失礼するわね」
『くれぐれも気をつけろよ。危ないことはするな。それとなく探れよ』
「ありがとう」
僚に感謝の気持ちを捧げ、私は電話を切った。

 

 

私は自分の部屋を出ると、怖がっている素振りを見せながら階段を下りることにした。
この階段は玄関ホールにあるのとは別で、1階まで下りれば裏口の比較的そばに出る。

――1階まで来ると、そこの階段にはリーゼントが座っていた。銃は構えてなくて、うつむいている。が、私が怖がりながら横を早足で通り過ぎると(もちろんお芝居だ)、ちらりと顔を上げて見た。見張りだけあって、さすがにフリーパスというわけにはいかないようだ。
そして、裏口の前に出る。

……。

――私はとっさに「うっかり入ってしまった」ふりをして口を押さえ、数秒ほどでその場から飛び退いたが、その数秒でしっかり確認できた。
裏口の前には、マシンガンを持った女が座っている。そしてその横には――さっき女が持っていたバッグと合うだけの大きさの装置が取りつけられていた。あそこにセンサーのスイッチがあると見て、まず間違いないだろう。
予想外に早く確認が終わった。早速自分の部屋に戻って僚に連絡しよう。

 

 

……と思ってさっきの階段を上っていくと、2階と3階の間の踊り場でレイラと花梨ちゃんに会った。
「あ、真奈。あんたも脱出作戦を練ってたわけ?」
レイラは私を見るなり言った。
「あんたもって……あなたまでそんなこと考えてたの?」
まったく、僚や泰明くんもそうだったけど、まさかレイラや花梨ちゃんまで。
――それとも、私の方に「解決しよう」って意思がないだけなのかしら。
「当ったり前じゃん! このまんま静かに助け待ってるだけなんて、息が詰まっちゃうよ」
「……花梨ちゃんは?」
それでも、彼女の意見を確認するまでは、自分の意思は曲げられない。
「それより真奈さん。『あなたまで』って言いましたよね。もしかして、私たちの他にも脱出作戦を試みている人がいるんですか?」
そういえば、まずはそれを説明しなきゃいけなかったわね。
「ええ。実はね……」

私はふたりに、わかっている限りのことを話した。
自分の部屋の電話が使えること、僚と連絡が取れたこと、彼と泰明くんが私たちの救出作戦を企てているらしいこと、彼にセンサーのスイッチの場所を探るように言われたこと、裏口にそれらしき物があり、女が見張りをしていたこと。
「なるほどね。きっと助けようって言い出したの泰明だよ。……まったく、見かけによらず無鉄砲なんだからさ」
レイラは口を尖らせながら苦笑した。
「ともかく、それなら私が知っていることもお話ししますね」
どうやら花梨ちゃんの方がレイラよりは現実的らしい。
「今、さっきのホールにはサングラスとスキンヘッドがいます。私とレイラさんがホールからこっちへ来たときには、すでに玄関の外に警官隊と競馬会の人が来て交渉に当たっていました。それに応対しているのがリーダー格のサングラスです。スキンヘッドはホールの階段の1階部分に座っています。リーゼントはこの階段の1階に……あ、下からいらしたんならご存じでしたね」
「ええ。やつらの位置関係がわかったのは大きいわ。ありがとう」
私は花梨ちゃんにしっかりとお礼を言った。
「ねえ」
と、レイラが私を見た。
「たぶんあんたはこれから、裏口にスイッチがあることを僚に教えるために自分の部屋へ行くんでしょ?」
「うん。何か問題があるの?」
「……あんた、意外に頭働かないんだなあ。教えたとこで、外の連中に何ができるっての? センサーがある限り、外からアプローチしたら必ずアラーム鳴るんだよ。そうなったらあたしたち……無事じゃすまないと思うけど」
「そういえば……」
気付かなかった。……本当に、どうかしているわ。思考力が予想外に低下しているみたい。
「そ。だからさ、あたしたちが何とかして、やつらに気付かれないようにセンサーを切らなきゃ。それができなきゃどうにもなんないと思うな」
「そうですね。そのためには、裏口でセンサーを見張っているっていう女を何とかしてやっつけなくちゃ」
「やっつける?」
……花梨ちゃんも言うときは言うみたい。
「だって、説得が通じるような相手じゃなさそうでしょう?」
「そうね……」

「……ちょっと、あたしに考えがあるんだけど」
ためらったように、レイラが言った。
「考え?」
「うん。……実はさ、この寮で暮らしてるあるやつがすっごいミリタリーマニアで、そいつの部屋にはマシンガンのレプリカだの軍服だのいろいろあるんだよね。あたし、その部屋に入れるから、それでかっこだけでも武装するってのどう?」
そんな人がいたとは知らなかった。レイラが知っているということは、泰明くんあたりだろうか。彼のイメージには合わないが……。

私は答えた。

 

 

A  「それがいいわ。こっちもそれなりの強さを見せないと」

B  「だめよ! そんなことしたら、あいつらを挑発してかえって危ないわ!」


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