「だめよ! そんなことしたら、あいつらを挑発してかえって危ないわ!」
私は猛反対した。
「そうかな……」
「そうよ。私たちは人質なんだから、あくまで怖がっている素振りを見せなきゃ不自然よ。しかも軍隊の恰好なんかしたら、どこからか助けが入り込んだと見ていきなり機銃掃射……っていうようなことになりかねないわ」
「そうだね……でも、じゃあどうすんの? あたしたちがあたしたちのまんまであの女に近づいてセンサーを切る方法なんて」
「こういうのは、いかがでしょう」
花梨ちゃんが考えつつ言った。
「まず、私たち3人で固まって裏口へ行くんです。女が『何してるの』って聞いてきたら、ひとりが『裏口のそばの倉庫へ物を取りに来た』って感じに答えて、あとのふたりがそこの倉庫に入ります。確かあそこの倉庫にはロープがあったと思いますから、それを持ってそっと出て、話しているひとりが注意を引きつけているスキに一気にふたりがかりで女の両腕を押さえつけて、縛り上げちゃうんですよ」
「それも危ないわよ」
「じゃあどうすりゃいいのさ! ほんっとにあんたって、こういうときには消極的だなあ」
短気なレイラが口を尖らせる。……彼女を暴走させないためには、多少の妥協も必要かと私は思った。
「……仕方ないわね。スキを突く突かないは別として、とりあえず3人であの女のところへ行って話をしてみましょう。ただし、話は友好的にね」
「わかってるよ。じゃ、行こうか」
「はい」
結局、レイラと花梨ちゃんに促される形で、私はふたりと一緒に再び階段を下りることになった。
階段下のリーゼントはぼんやりしていて、私たち3人がすぐ横を通り抜けても、今度は顔さえ上げなかった。見なくても、私たちが人質だということが感覚的にわかるのかもしれない。
リーゼントの地点から数十メートルほど行くと曲がり角があり、その向こうに女がいる。
――私たちは、3人固まるようにして女の前へゆっくり歩いていった。
どうしても、マシンガンから視線をそらせないままに。
「何しに来た」
女は舌がよくまわらないのか、頼りない感じで私たちに話しかけた。
「あの……そこのドア、倉庫なんですけど、ちょっと取る物があって来ただけなんです。抵抗はいたしません」
と花梨ちゃん。
「倉庫、わかった。許す」
女は、単語を並べただけのようなしゃべり方をする。
……もしかすると。
私は思い当たったことをレイラに言った。
「ねえ、レイラ。もしかしてこの人、日本人じゃないんじゃない?」
「そんな感じだね……。よし、まかせときな」
レイラは答えると、女に向かって「あんたたちはどこの国の人間?」というようなことを英語で聞いた。
女は英語を見事に使い、自分の属する国を答えた。
「うん、いい感じ。英語の方が友好的に意思の疎通ができそうだよ」
「じゃあ、まかせるわ」
私はレイラにすべてを託すことにした。彼女が話している間、私は倉庫に入ってロープを取ろうかとも思ったが、もし彼女の話し合いがまずい方向に展開したら助けなくてはいけない。結局、花梨ちゃんと一緒にその場で女の動きを見張っていることにした。
――女は、英語に切り替わった途端、意外に多くのことをしゃべった。私にはその内容は聞き取れなかったが、時折レイラが「Really?」と驚いているところから、かなり重要な話をしているのだろう。
それよりも、私には気になっていたことがあった。
女の表情だ。
言葉はわからなくても、表情はどこの国でも共通だ。しゃべり続ける女の表情は、悲痛な感じというのか……レイラや私たちに助けを求めているようにさえ見えたのだ。その証拠にというか、女はマシンガンを床に置き、私たちを威嚇する様子はまるでない。
そして――ついに女は、顔を押さえて泣き出した。
どういうことなのかしら……。
考えているうちに、レイラが話を終えたようだった。同時に、女はがっくりとうなだれる。
「レイラ……」
「……詳しいことはこっちで話すよ。たまにさっきのリーゼントがこっちまで様子見に来るらしいから」
私と花梨ちゃんは、レイラに連れられて横の倉庫の中に入った。
「レイラさん、どうだったんですか?」
「……まったく、やりきれない話だね」
「やりきれないって?」
私が聞くと、レイラは声を潜めて話し出した。
「ここを占拠してる4人組、実は4人兄弟なんだってさ」
「兄弟!」
花梨ちゃんが驚く。私も口に手を当てて驚いていた。
「あのサングラスが一番上の兄貴で、その下にスキンヘッド、リーゼントと続いて、女は末の妹だってさ。祖国は貧しくって、金を稼ぐって夢を抱いて日本に来たのに、日本人は冷たくって差別ばっかされたって。そんで上の兄貴たちは日本に腹立てて、お国の特別法人の競馬会から金を奪い取ってやる計画を立てたんだそうだよ。女はそんなことやめてって言ったのに、兄貴たちにむりやりメンバーに加えられたんだってさ。兄貴たちのことを思うと胸が痛い、やめてほしい……って泣いてるんだ」
「……」
ハーフのレイラだからこそさりげなく言葉にできるような話で、完全な日本人血統の私には、同情するのも失礼な内容だ。
「ま、とにかくあの女に限っちゃ平和的解決を望んでるみたい。あたしたちを撃つことは絶対しないって約束してくれたよ。ただ、自分のことは信じられないだろうから、縛り上げてこの部屋に閉じ込めてもいいって言った」
「じゃあ、そうさせてもらいましょ。やっぱり、あの人の言うことをそのまま信用するのは難しいわ」
私はあえて冷たく言い放った。同情はしない、という気持ちがそうさせたのだ。
「……あんたって容赦ないね。普通、この話聞いてそんなこと言える?」
「あの……私もその方がいいと思います。万が一ということを考慮して」
と花梨ちゃん。
3人いると、どうしても多数決で物事が決まってしまう。
「わかったよ。だけど、あたしはあいつを心では信じてるからね」
「それはあなたの自由よ」
私たち3人は一度外へ出て、女を倉庫の中へ連れてきた。
リーゼントの様子見(どうやら兄たち3人も、この女の裏切りには用心しているらしい)に対抗するために、女を縛り上げる前に、彼女と似た外見かつほとんど同じ体格のレイラが、自分と彼女の服を取り替えて彼女に化けると言い出した。そのためだ。
着替えは完了した。レイラはマシンガンで武装した犯人グループのひとりとなり、女はレイラの服を着た。
そして、レイラが女を縛った。自分ひとりでは解けないが、きつすぎない程度に調整してあげていた。
これから、レイラは女の代わりに裏口の前に座り(リーゼントが様子見に来たら、無言でうなずけばすぐ帰ってくれるそうだ)、私と花梨ちゃんはひとまず私の部屋へ帰ることとなった。
センサー(女によると、横のスイッチを押せば簡単に切れるらしい)は、まだ切らずにおくことにした。切ったことが何かのはずみで他の3人にバレたら、レイラが危ない。まずは僚に報告して、それからどうするかを決めようと思った。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん」
私と花梨ちゃんは、さっきの階段まで戻ってきた。
リーゼントは、またしても顔を上げなかった。
部屋まで戻ってくると、私は窓から外を見た。
――警官隊に混じって、僚と泰明くんが見えた。ふたりは警官隊の責任者らしき男性と話をしている。この部屋の電話が生きている話や、センサーがあってうかつに踏み込めない話をしてくれているのだろう。
「ねえ、真奈さん」
一緒に外を見ていた花梨ちゃんが、私の方を振り返って呼んだ。
「何かしら」
「私、思うんですけど……当然、人質さえいなければ、あの警官隊もあっさり突入してくれるはずですよね」
「それはそうでしょう」
「それには、私たちがどうにかしてやつらの手から逃れる必要があるわけですけど……」
花梨ちゃんは額を押さえながら聞いてきた。
「真奈さん。……あの連中、この手の乗っ取りに関して素人だと思いますか? それともプロだと思いますか?」
私は答えた。