「私も、手が空いたら自分なりに調査をしてみたいと思います」
そう言うと、田倉さんは渋い声で返事をしてきた。
『危ないからやめといた方がいいような気もするけど……』
「大丈夫です。危ないようなことには顔を突っ込みませんから」
本当は、危ないことに顔を突っ込まないわけにはいかないのだろう。この奇病騒ぎが、本当に私や彼の推理通り「事件」だったとしたら。
それでも、何もせずにはいられそうにない。
『じゃあ、何かわかったら情報交換といこうか』
「ええ、そうしましょう」
『君は、まずは何から手をつけるつもりかな』
「私は……」
少し考え、不安のもとにひとつ突き当たったので、それを言う。
「僚のところへ行きます。彼なら脱走しかねませんからね。病院の人に言って見張りを厳重にしてもらおうと思うんです」
……田倉さんは大笑いした。
『あははは……さすがに仲よしだね。まあ、それなら危ないこともないし、いいけどね』
「……田倉さんは何をされるおつもりですか」
私は口を尖らせながらたずねた。
『俺か? 俺は……ちょっとした心当たりがあるんでね、それを調べに行くよ』
「心当たり?」
少し気になる。
『ああ。……まあ、1時間ほどで終わるよ。そうしたら君に連絡するから』
田倉さんは曖昧に答えた。
『それじゃ、また』
「あ……」
電話は切れてしまった。

 

 

……どうも引っかかる。
田倉さんが最後に言った「心当たり」――何となく、私には言いたくなさそうな感じに聞こえた。
どういうことなのだろう――。

厩舎の仕事を終えた私は、それを気にしながら、僚が入院した病院へとやってきた。
担当の医師や看護婦に、僚を脱走させないように気をつけてほしいと頼むと、私はそのまま彼の病室をたずねた。
……彼は、私を怒っているかもしれない。会いたくないと言うかもしれない。しかしそれでも、彼の顔を見てから帰りたかった。「帰れ」と言われてから帰ればいいことだ。

「ああ、真奈……もう来てくれたのか」
病室に入っていくと、僚はベッドの上から私を見て、そして柔らかく笑った。
よかった――怒ってはいないようだ。
「脱走させないように病院の人に言っておいたからね。逃げようなんて考えないで、ゆっくり休むのよ」
ほっとすると、どうしてもこんな意地悪なセリフが出てしまう。
「おいおい……きついなー。まあ、心配すんな。逃げないからさ」
そう言って、また笑う。
「……あなた、私のこと怒ってないの? 誰にも悟らせたくなかった病気、ばらしちゃったのに」
その笑顔が気になって、私は聞いてみた。
「正直、最初は何すんだよって思った。だけど、お前はお前なりに俺のこと考えてくれたんだよな。今回の有馬にこだわって無理して早く死ぬより、治療法が見つかるまで生き延びて治してG1勝った方がいい……って、そう考えたんだろ?」
さすが僚だ。詳しいことは話さなかったのに、私の思いのすべてをわかっている。こういうとき、「長いつきあい」が嬉しくなる。
「ええ」
「だから、お前には感謝してるぜ。お前のためにも、絶対生き残ってやる」
……どうしてそんな恥ずかしいことをはっきり言えるのかしら。
「……ありがとう」
私は顔を背けながら答えた。

 

 

病院を出ると、私はすぐに携帯の電源を入れた。
田倉さんは「1時間ほどで終わって、連絡する」と言っていた。あれから1時間半ほど経っているから、病院内で電源を切っている間にかけてきた可能性が高い。彼と連絡を取り、例の「心当たり」で何か得たことがあったかどうか聞かなければ。
――しかし、着信は1件もなかった。つまり、彼はまだ私に連絡をくれてはいないわけだ。
でも、30分から1時間程度なら予定が延びることもある。待っていれば、じきに連絡があるはずだ。
自分なりに調査をすると意気込んでみても、私にはその手がかりのひとつもない。悔しいが、田倉さんの話を聞いてから彼の手伝いをするという形でしか協力できそうにない。自分の部屋にでも戻って待っていよう。

 

 

――ところが、自分の部屋で何時間待っても、田倉さんからの連絡は一向になかった。
窓から入ってくる自然光が心もとなくなってきて、私は部屋の明かりをつけた。冬至に近い時期で日没が早いとはいえ、気がつけばそんな時間になっていたのだ。
おかしい。
いくら何でも、午前中に「1時間で終わる」と言っていた用事がこんな時間まで終わらないわけはない。用事はすんでいるのに私に連絡するのを忘れているか、あるいはああ言ってはいたものの最初から連絡する気などなかったか――そのどちらかだ。
だが、私はその結果がどうしても知りたい。
それならば、することはひとつだ。
私は、ずっとそばに置いていた携帯を手に取って、田倉さんの携帯にかけてみた。

『……おかけになった電話は、電源が入っていないためにかかりません』

機械的な音声メッセージが、そんなことを告げた。
電源が切れている……?
いったい田倉さんは今、どこにいるというのだろう。
昔は「圏外」といって電波が届かない地域があったりもしたが、今では日本全国どこでも携帯が通じるようになっている。それだけに、通じないのは本人の意思によるものでしかありえない。田倉さんなら、切らなくてもいい場所にいるのに電源を入れ忘れていたり、あるいはバッテリーが上がっていたりといったミスをすることもないはずだ。

やっぱり、おかしいわ。
思えば、「心当たりがある」とだけ告げてはっきり目的地を言わなかったのも田倉さんらしくない。
もしかして……。
私の頭に、不吉な想像が湧き上がる。

彼は、とても危険な場所へ行ったのではないだろうか。
そして、今なお連絡できない状態にある――。

何とかしなくちゃ!
私はそんな使命感に燃えた。
もちろん、理屈では私がどうこうする必然性はない。だが――僚について相談に乗ってくれ、しかも病気について調べると言ってくれた田倉さんを、仲間だと思わないようなことはできなかった。彼が危険なら、私が何とかするべきなのだ。

私は考えた。
唯一の手がかりは、電源の切れた彼の電話だ。
つまり、彼は今、電源を切る必要のある場所にいることになる。

どういうパターンが考えられる?

 

 

A  応接室などで、誰かの話を聞いているところかもしれない。

B  やはり、病院など精密機器のある場所だろう。


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