星に願いをかければ、いつか叶う――。
それはおそらく、人類が夜空の星を初めて意識した頃からあった信仰なのだと思う。
それから現在まで、いろんな人が夜空の星に願いをかけてきた。
……私の場合も、対象は少し違ったけど、何回も星に願いをかけた。
私は、私だけの星を持っている。
古くは競馬学校に入るときに7歳年上の姉・奈美子からもらった物である、宝石が星のように散りばめられたブローチ。
それを気に入った私は、いつも大事にし、そしていろいろな願いをかけていた。
競馬学校の勉強についていけなくなりませんように。
ちゃんと騎手になれますように。
そして、あの人が寂しくありませんように――。
篠崎剛士くん。
競馬学校で出会った、私の運命の人。
ちょっと内気なところがあって人とのつきあいは苦手だったけど、放っておけない雰囲気を持つ人だった。
競馬学校の1年の夏、サマーキャンプで海へ行ったとき、私は初めて彼との楽しい想い出をひとつ作った。
ところが――結果的にはその日、彼は海で溺れ、私はブローチを海に落としてなくしてしまった。
それから騎手デビューした年の夏までの3年間、私たちは友達にさえなりきれない、中途半端な関係だった。
が――嬉しいことに、やはり私たちの間には特別な運命が働いていたらしい。
彼が19歳の誕生日を迎えたその年の8月31日、私は彼に誘われて3年前と同じ海へ行き、そこで――なんと、奇跡にも近い確率であのブローチを見つけたのだ。
3年ぶりに出会った星に、私は最大級の願いをかけた。
「この人と、ずっと一緒にいさせてください……」
そして、願いをかけるのはそれっきりにしようと決めた。
これからは他力本願でなく、自分の力で運命を切り開いていこうと。
――それからその星は、願いをかけられることもなく、私の胸で輝いていた。
私の方から告白して「ぼくも君が好きだ」という返事をもらえた、その年のクリスマス。
初めて「恋人同士」としてデートした、次の年の1月。
初めて彼とキスをした、その次のバレンタイン。
時は流れ、同期生の片山伸くんが結婚することになった26歳の夏。
そして、その披露宴の席で剛士くんが一言「羨ましいな……」と私に向けて言い、それが「プロポーズ」だとわかった瞬間――。
いつでも、星は私と一緒にいた。
……私には、騎手を50歳まで続けるという夢があった。
今までの女性騎手は結婚するとやめてしまう人が多く、そういう先入観を打ち破りたかったのだ。
そのことは剛士くんも知っていたので、私は彼に「この夢をあきらめたくないんだけど、それでもいいなら」と言った。
彼は答えた。
「わかっていて頼んでるんだ。ぼくは君のそばにいて、自分にできる限りのことをしたい」
こうして、私たちの間で話がまとまった。
私たちは結婚するが、子供は作らない。
私はずっと騎手を続け、彼はやがて夢だった調教師になり、私が彼の管理馬に乗る――。
それが、私たちの人生設計だった。
その計画は、おおむね上手くいった。
――ただひとつ、天が私たちに子供を授けた以外には。
といっても、いやだったわけではない。
子供ができたとわかったときには、計画なんかどうでもよくなるほど、私も剛士くんも喜んだ。
ちょうど同じ時期に片山くんにも子供が生まれることを知って、早くもその頃から、子供同士を仲よくさせようとみんなで笑ったくらいだ。
8月14日、片山くんのところに生まれたのは男の子だった。
が、同時に奥さんの沙穂さんは亡くなってしまった。
私は体に障らないようにと配慮され、告別式にも出られなかった。それは今でも心残りだ。
そして――11月12日、私たちのところに生まれた天使は女の子だった。
私は剛士くんと相談し、娘の名前を「真奈」と決めた。
私の名前から「真」を、そして私たちを結びつけてくれたあの星の贈り主――姉の名前から「奈」を取って、「真奈」。
……仕事は何年か休むことになったが、私はまた騎手として復帰した。
沙穂さんを亡くし、息子の僚くんを育てるために騎手を引退した片山くんは、よく真奈を預かって面倒を見てくれた。
それは、私たち夫婦にとっては助かる話だった。
でも……。
果たして、それは真奈にとってもいい話だったのかどうか……。
今、そんな疑問が湧いておさまらない。
真奈は人一倍人見知りをする子だった。よくそばにいてくれる人にはなつくが、一緒にいる時間が短い人にはとことんなつかない。
それは――片山くんや僚くんには好意を持っているみたいなのに、いつしか本当の親である私や剛士くんとは距離を置きたがるようになってしまったところからも、明らかだった。
私は、自分の夢を叶えるために、母親として失格の道を歩んでしまったんじゃないかしら……。
そう思うと、いてもたってもいられない。
……思春期に入ってからはほとんど私と話をすることもないまま、真奈は騎手になりたいと言い出した。
そして、自分の力だけでそれを叶えてしまった。
両親にも他人にも、夜空の星にも頼ることなく。
その歪んだ自立心が、私には悲しかった。
今さら自分が真奈を大事に思っていると告げたところで、おそらくあの子は信じないだろう――。
来年、私は大きな目標だった50歳を迎える。
だが――思えば虚しい。
30年も騎手を続けてきて、いったい私は何を得たというのだろう。
続けることだけに一生懸命になって、失ったものの方が圧倒的に多かった気がする。
真奈はこれからも、家族なんか意識もせず、仕事一筋に生きていくのだろう。
一緒に騎手になった僚くんや、元は私たちの同期生だったお師匠様の長瀬健一くんに支えられて。
……今、私はあの星のブローチを眺めている。
幼い頃の真奈は、これにとても強い興味を抱いていた。
私が「これはお母さんが昔、奈美子伯母さんにもらったものなのよ」と教えると、真奈は欲しいと言って笑った。
さすがに子供に持たせるわけにはいかない値段なのでそれはできなかったが、今ならあげてもいいんじゃないかしら。そんな風にも思う。
でも、今のあの子だったら「親子の溝を金品で埋める」という風に解釈してしまうかもしれない……。
――真奈は、いつわかってくれるのだろう。
子供を思う親の気持ちは、星にかける願いよりもずっとずっと強いということに――。
続・星に願いを
(隠しシナリオ No.2)