人に与えられた人生は、たった一度きりだ。
だから、その限られた機会をどれだけ納得のいく形で使うかが大事だと、俺は考える。

例え自分が自分でなくなる選択でも、その結果幸せになるやつがいるなら、俺はそれを選ぶ――。

……双子の兄の稔を亡くして、豊はふさぎ込んでしまった。
生まれる前から一緒だった、かけがえのない半身がいなくなってしまう――その気持ちは、双子に生まれなかった俺にはわからない。
だが、俺だって血はつながってなくてもあいつらの親友だ。
悲しみに沈んでいる豊を何かしてやりたいと思ったって、それは自然なことのはずだ。

俺は、何度も豊と会話を試みた。
が、豊が言うのは「稔はもういない」「稔はなぜ俺を置いていったんだ」……そんなことばかりだった。
声をかけているのが俺だということさえ、意識にないようだ……。

稔と豊は、本当に仲のいい兄弟だった。
いつも一緒に、将来の夢を語り合っていた。
「ふたりで一緒にジョッキーになり、引退したら、それまでに貯めた金で高原にペンションを開く」……それがあいつらの人生設計だった。

だが――それは、最初から叶わなかった。
競馬学校の騎手課程の入試直前に、稔が巻き込まれた不幸な事故。
珍しい血液型のため、豊が自分の身を削って分け与えたものの、帰ってこなかった稔。

……あの日から、豊も一緒に死んでしまったようなものだ。
だが、やつは生きている。
生きている以上、その人生をしっかり生かさなければいけない。
何か、俺にできることはないだろうか――。

俺は考え、そして――大きな決断をした。

あいつには、稔が必要だ。
その稔がもういないのなら、俺が稔になればいい。
そうすれば、稔は死ななかったことになり、豊だって元気になれるはずだ。
ジョッキーになる夢は叶わなかったが、もうひとつの夢ならば、俺も力になってやれる。

自分が自分でなくなることに、ためらいはなかった。
俺の本当の家族は最悪だった。
仕事で長く家を空ける親父。その留守に家に男を連れ込み、口止め料に俺に金を渡すお袋。
そのふたりから逃れられ、さらに豊の力になれるなら、喜んで自分を殺して「稔」になってやる。
それが、俺なりの人生の使い方だ。

……3年が経って、俺と豊は高校を出てフリーターとなった。
豊はまだ立ち直れずにいた。
やるなら今しかない――。
そう思った俺は、家を出た。

お袋にもらって貯めといた金を使って、顔を稔と――つまり豊ともまったく同じに直し、「新谷稔」となって、ひとり暮らしを始めた豊をたずねた。
豊は俺の顔を見た瞬間、悲しみも忘れて驚いた。そんなやつに、俺は言った。
「待たせたな。帰ってきたよ」

「……お帰り、稔」

豊はそう言ってくれた。
「何やってるんだ」とあきれたり怒ったりされることを覚悟していたのだが、予想外にすんなり言ったのだ。
それで俺の方の気持ちは吹っ切れた。
稔はもともと俺と似た性格だった。俺が稔になるのは簡単だ。
あとは、豊と一緒に暮らしつつ、あいつと少しずつ兄弟関係を築いていけばいい。

――だが、それから4年――。

俺は今になって、一抹の不安を覚えるようになった。
豊は確かに俺を100%「稔」として扱うのだが、本物の稔が死ぬ前に見せていたあの笑顔を、どうしても見せてくれないのだ。
あいつは稔とは違っておとなしくて繊細なタイプだが、それでも、楽しいときに見せる笑顔は稔とまったく区別がつかないほどはっきりしていた。
俺だって「稔」なのに、俺の隣では、あいつはその笑顔をどうしても見せてくれない――。

やはり、俺では不完全なのだろうか。
俺は俺の人生を歩むしかないのだろうか。
俺は、「新谷稔」にはなれないというのか……!

……最近、俺は好きな子ができた。
バイト先のゲーセンによく来てくれる、星野レイラだ。
彼女と会っているときは、豊を意識することもなく自然に振る舞える。
その安堵感の中で、不意に思うことがある。

豊には、恋人が必要なんじゃないだろうか。
決して、俺ではなく――。

 

 

人生

(隠しシナリオ No.18)


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