……日本人って、ほんっとに情けない。

自分も法的には「日本人」だってジレンマに押されながらも、あたしはいつもそう感じてる。
聞いたとこじゃ、日本の昔話に出てくる「鬼」って、モンスターでも何でもなくって外国人だっていうじゃん。
その頃から、戦争で「日本は神の国だ」とか何とか言ってた時代を経て今になっても――日本人の心なんて、ちっとも変わっちゃいない。
ちょっとでも他の国の血が混じってたら、みんな体が拒絶反応起こすんだ。
人間性も何も見ないで。
あたしのパパみたいにちゃんと外国人をまっすぐ見て愛せる日本人もいて、だからあたしは生まれてきたんだ……そんな理屈を理解できたのって、いつだったかな。そんな昔じゃないのだけは確かだ。
おまけに、理解できたって、それを自分の中で納得させるのはすっごい難しい。

中学の頃まで、あたしはすっごい嫌われてた。
あたしこういう性格だから、いじめられてばっかりの負け犬にはならなかったけど、それでもまあ、いったい何にこだわってってくらい、みんなあたしのこと生理的に避けるわけよ。
今にして思えば、あたしがハーフじゃなくって完璧なアメリカ血統だったらまだましだったのかもしれない。
半分日本人で、半分外国人で――それはやつらにとっては、あたしは人間として不完全で、その穴をゴーストが取り憑いて埋めてる、って感じの不気味さだったんじゃないかと思う。

――だからあたしは、心を閉ざした。
自分で意識しながら、わがままで横暴なやつになった。
そうすることで余計人が遠ざかるのはわかってたし、それを血統のせいにされることだって承知の上だった。
それで遠ざかるやつなんてその程度の人間だ。そんな状態でもあたしに近づいてきてくれる人じゃなきゃ、友達になんかなれない――。
あたしはそんな風に考えていた。

ママの故郷のサンフランシスコに帰るのが、年に2回のあたしの楽しみだった。
あたしはそこで乗馬を覚え、そして――こっそり実弾射撃場にも通った。
銃を撃つのは楽しかったよ。
自分がどんどん危険なやつになってくのがわかって、このまんまあたしは人間として壊れてくんだな……って、それが妙に楽しかったんだ。

……だけど、あたしはそっちの道には進まなかった。
やっぱり、嫌われるよりは好かれたいって気持ちが、どっかにあったのかな。
もうひとつの特技の乗馬を生かして、ジョッキーになろうと決めたんだ。
その舞台をアメリカじゃなくって日本にしたのは、日本人連中を見返してやりたかったからかもしれない。
有名になれば、あたしのこと本気で好きになってくれる人だって出てくるかも……って。
例えそれがひとりだけだっていい。やっぱりあたしも、パパやママじゃない、同年代の友達が欲しかったんだ。
あたしは日本の競馬学校を受験し、その会場で――。

あの「空色の壁」――城泰明に出会った。
見るっからに日本人で、かぐや姫の時代あたりからずっと日本人の血しか引いてないんじゃないかって顔をした男に。

廊下の角であたしとぶつかったあいつは、異様に低姿勢に謝ってきた。本当に申し訳なさそうで、今まであたしと出会った連中のほとんどが見せた「あたしの顔を見たときの一瞬の表情の曇り」も見せなかった。
「邪魔だよ! どきな!」
……バカみたい。
だけど、やっぱり試さないことには不安だった。あたしはそう叫んで、とっととその場から走り出した。

何の縁か会場で席が隣だった泰明は、あたしの密かな期待を裏切らなかった。
あいつにとっちゃ最悪の出会いだったはずなのに、あたしに話しかけてきてくれた。ぶつかったときにできた傷を手当てしてくれた。あたしの顔をまっすぐに見てくれた。いろんな話をしてくれた。優しかった。
あたしは、嬉しかった――。

その後、体力テストのために会場が分かれたとき、あたしは何気なく窓の外を見ていた。
競馬学校のシンボルツリー、金色に輝くポプラが、真っ青に澄んだ空に伸び上がっていた。
それを見て、あたしは考えたものだ。
……あのポプラは、狭い世界で思い上がってる連中に似ている。どんなに自分は背が高いと自慢したところで、空には届かない。
でも、あいつなら、あの空をつかめるかもしれないな……。
あたしは、泰明のことばっかり考えていた。
――自分の番が来て名前を呼ばれても、気付かないほどに。

それからあたしがどんな気持ちだったのかは、よく覚えてない。
ただ、泰明のこと考えててドジ踏んだのが悔しかったのか恥ずかしかったのか、あたしのこと待っててくれたあいつ本人に当たり散らした。
あいつを背にして走り出したとき、これであいつと仲よくなれる可能性も消えた――そう思って、胸がつぶれそうだった。

外に出て、パパがあたしを見つけた。
事情を話したら、当たり前だけどパパは怒った。それはあたしが悪いって。

あたしは必死に泰明を探した。
謝ってこいってパパに言われたからだけじゃなくって、このまんま会えなかったら、心に大きな傷が残るってわかってたから。
嫌われた過去よりも、ずっと大きな傷が――。

ふと顔を上げると、あのポプラが遠くに見えた。
それで気付いたことがある。
あたしも、空色の壁に阻まれて空をつかめない、思い上がり連中のひとりでしかなかったんだって。
そしてあいつはこの木を登って空の彼方に駆け上がり、きっともう二度とあたしの前に帰ってきてはくれない――。

……あたしは、泣いた。
チャンスはそれこそ掃いて捨てるほどあったのに、あたしはそれらをことごとく無視して、自分で自分の道をふさいだんだ。
黙ってても人が寄ってくるようなやつならともかく、唯一の親友を探してるような状態のあたしが。
素直になれないこと、人を試すことってのがどんなに情けないか、こんなになって初めてわかった。

無意識のうちに、祈っていたかもしれない。
神様、あたしはバカでした。痛いくらいわかりました。だから、どうかもう一度あいつをあたしの前に――。

……祈りは天に届いた。
泰明は、もう一度あたしの前に舞い降りてきてくれた。
あたしは、思いの全部を泰明に告げた。
ここで言わなかったら、今度こそこいつはあたしの前から消えちゃう。
それがものすごくつらいってことを、あたしはこのとき、ようやく自分で認めた。

泰明は、あたしの友達になってくれるって言った。
それがあたしの望みなら、って。
だからあたしは、それを望んだ。

――そしてあたしは泰明と一緒に競馬学校に入って、ジョッキーになって、今を迎えてるわけだ。
でもね、勘違いはしないでよ。
やっぱりあたし、日本人は根本的に嫌い。自分がバカだってことがわかっても、それは変わらない。
昔の師匠なんか、あたしが厩舎に研修に来たその日っから気味悪そうな目で見てた。あたしのいないとこで「ハズレを引いた」「あんな得体の知れない娘を誰がレースで起用するものか」なんて陰口言うし、ひっぱたくとき以外は絶対あたしの半径1メートル以内に近づかなかった。あたしが触った場所にさえ触ろうとしないんだからさ。
いくら綺麗事言ったって、ほとんどの日本人がこうだってのは間違いない。態度には出さなくても、心の中じゃこんな風に思ってるんだから。

それでも、理解者……っていうか、あたしに特別な意識を持たない仲間もいるにはいる。
「人類皆兄弟」思想の片山僚、能力で相手を評価する篠崎真奈……そして、泰明。
近くのゲーセンの店員はあたしのこと好きだって言ってくれるし、そろそろあたしにも恋のチャンス、かな。

だけど――真っ青な空を見上げると、ちょっとだけ落ち着かない。
あたしがどこでどんな恋をしても、何か泰明がずっと上から見てんじゃないかなって、そんな気持ちになっちゃう。

やっぱり、もうちょっとくらい、今のまんまでいようかな。

 

 

空の彼方に

(隠しシナリオ No.6)


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