俺は、田倉さんについて彩夏に詳しい話を聞いた。
田倉さんと彩夏は、家が隣同士だったらしい。彩夏は物心ついた頃から彼によく遊んでもらい、いつしか憧れを抱くようになっていったらしい。早い話が、こいつは彼のことが好きだったのだ。それで死んだあとも彼のそばにいたくて、馬の体を借りてトレセンに来たんだな。
大いに同情できる話だ。愛するやつのそばにいたい気持ちは、誰だって変わらない。俺だって、もし死んだあとに生き返るチャンスをもらったとしたら、そのとき大切に思っている誰かのそばにいられる存在を選ぶだろう。
「そうか……田倉さんのこと、そんなに好きだったのか。よし、何とかして彼を連れてきてやるよ」
俺はかねてからの考えを彩夏に言い、そのまま厩舎を飛び出していこうとした。
ところが。
「お……おい、何やってんだ!」
なんと彩夏は、俺のブルゾンの袖をくわえ、強くひっぱったのだ。
「放せよ。放さないと田倉さんのところにも行けないじゃないか」
俺は穏やかに言ったが、それでも彩夏は俺を放そうとはしなかった。
おかしいと思った俺がやつを見ると、ふたつの瞳は、何かを言いたそうにまっすぐ俺の方を向いていた。
「……何か言いたいことがあるのか? わかった、話してみろ」
俺は体を彩夏の方に向け直した。やつは俺の袖を放すと、床の「会話装置」をたたいた。何やら慌てている。
『じかんがない』
彩夏はそう言った。
「時間がない……? どういうことだ、詳しく教えてくれ」
重要なことらしい。俺は真剣な気持ちで彩夏に頼んだ。
彩夏の右手が動き出す。
『あたしがしんだのは、きょねんのきょうの12じ。うまのすがたでいられるのは、ちょうど1ねんかんでおしまいなの』
「何だって!?」
俺は反射的に、自分の腕時計に目をやっていた。午前11時。
こいつの言うことが本当なら、あと1時間でこいつは「彩夏」じゃなくなるのだ――。
俺の頭は混乱した。
……どうなるんだ。どうなるんだ、どうなるんだ。
A タイムリミットが来たら、彩夏はいったいどうなるんだ……。
B こいつが彩夏じゃなくなったら、俺の有馬はいったいどうなるんだ……。