純也が疑われちまったのは、こんな場所で俺を見つけたからだ。
もし俺がもっと人目につきやすいところに倒れていれば、少なくとも「消去法」であいつが犯人にされることはなかったに違いない。
それなら、倒れている俺を担いでそれなりの場所に移動させておけばいいのではないか?
――そういう理屈で、俺は「被害者移動作戦(実際は被害者でも何でもないのだが)」を展開することに決めたのだった。
情けない理由で情けなく気絶している俺を何とか背負い、俺は資料室を出た。
途中で誰かに見つからないことを祈りながら。
移動先は、ポプラの木の下に決めた。
あれは競馬学校の校舎の最上階まで届こうかという高い木なので「登って落ちて気絶した」と思わせることができるし、厩舎エリアから近いので人目にもつきやすい。
問題は、目を覚ました俺が「木から落ちたんじゃなくて、資料室で殴られた」と言い張って矛盾が残らないかどうかだが、自分の胸に聞いた限りでは、多数決に負けて「記憶違い」で納得しちまいそうな気がする。
完璧にその舞台を整え終えると、俺は近くの茂みに身を隠して、誰かが通りかかるのを待った。
――5分ほどして、向こうから男と女のふたり連れが歩いてきた。
遠目に見たところ、どうやら泰明とレイラのようだ。何を思っているのか、ふたりしてポプラを見上げてしゃべっている。
が、さすがにその真下に倒れている俺にはすぐ気付いたらしい。
「ちょっと……あそこに誰か倒れてんじゃない!」
レイラが叫び、ふたりは駆け寄ってきた。
「……僚! 僚じゃないか!」
「こ……これ、どういうこと!?」
驚くだけのレイラを横目に、泰明は倒れている俺の頭と、自分の周辺を見比べて言った。
「意識はない。頭から出血がある……このポプラから落ちたのかな」
「落ちたって……普通、こんな木に登る?」
「それは僚に聞いてみなきゃわからないよ。とにかく……」
「そうだ、理由なんか気にしてる場合じゃないよ! 保健室に運ばなきゃ!」
「よし。レイラ、そっちを持ってくれ」
「ラジャー!」
いつもながら、あのふたりは一緒に何かをやらせると息がぴったりだ。泰明が肩を、レイラが足を持って、気絶した俺は運ばれていった。
よかった……これで大丈夫だ。発見者は泰明とレイラのふたり、しかも思惑通りに「木から落ちた説」を信じてくれた。純也が濡れ衣を着せられて退学になるという未来は、完璧に変わったはずだ。
そう考えてほっとし、人影もなくなったところで、俺は茂みからはい出した。
俺は、元の時代に戻る前に、外から窓越しに何気なく保健室をのぞいてみた。
――俺の働きも本来の未来も、それどころか自分が周囲に迷惑をかけていることにすら気付かず、過去の俺は呑気に眠っていた。本当に、いい気なもんだ。こいつは、すべてが自業自得だってことをわかってるんだろうか。……愚問だ。わかっているわけがない。
そのとき、チャイムが鳴り響いた。午後の学科が終わるチャイムだ。
計算の上ではそろそろ教官たちが「目が覚めないから救急車を呼ぼう」とか言い出す頃だし、元の時代に帰るか。やり残したこともないしな。
そう思って歩き出そうとした、まさにそのときだった。
「……僚!?」
しまった!
青くなった俺が声の方を振り返ると――学科授業をやっていた校舎から息を切らせながら走ってきた真奈が、私服姿の俺と、保健室の中で気絶したままの俺とを交互に見て、何とも言えない顔をしていた。
「僚……あなた……あなたは、誰なの?」
混乱して言葉が途切れている。
――ごまかす方法はなさそうだ。真実を告げる以外にないだろう。
「俺は……片山僚だ」
俺がゆっくりそう言っても、真奈の表情は変わらなかった。それはそうかもしれないが……。
「だって……僚は、そこの保健室にいるはずよ。でも、あまりにもよく似ている……」
「わかった。詳しく話すから、疑わないで聞いてくれ。……俺は、2028年の有馬の週から来た、21歳の僚なんだ。タイムスリップも最近は理論的に証明されつつあるだろ? あれは本当だったんだ。それを身をもって体験して、俺はここへ来た」
納得させるために、あえて「理論的」という単語を出す。
「そう……そうなのね。あなたは未来の僚なのね。じゃあ、ちゃんと目が覚めて助かるのね……」
すると真奈は、口に手を当てて、しおらしくそう言った……。
「真奈……」