外に出て聞き込みを続けていた俺は、トレセンの南北ブロックを分断する私道で五十嵐先生に会った。
「おお、僚……。ちょっと聞くが、泰明を見なかったか?」
泰明も弥生さんと同じく、この五十嵐先生の弟子だ。先生は気の毒なことに俺の親父と同じ理由の「独り者」で、家族はいない。そのためかどうかはわからないが、たくさんの弟子を取り、彼らへの思い入れも非常に強いようだ。
そして、泰明のことを聞くその口調には、心配の気持ちがはっきり表れている。
……何かあったんだろうか?
「いえ、今日は見かけてませんが……どうかなさったんですか?」
自分の例もあり、俺はつい神経過敏になって聞いてしまった。
「ちょっと用があって携帯を鳴らしたんだが、何回呼び出しても出ないんだ。電源が切れているとかならともかく、出ないっていうのはおかしいと思わないか? それで探しまわっているんだが……」
「え……」
――何か、冗談抜きで雲行きが怪しい。
「……こんなことは言いたくないが、最近行方不明者が多いだろう。もしや弥生に続いて泰明もと考えると、もう私はどうしていいやら……」
苦悩の表情は、あたかも子供を亡くした父親のようだった。そんなことありませんよ、なんて安易な慰めもできず、俺はただ彼を見つめた……。
「ああ……悪い悪い。君には関係のない話だったな」
五十嵐先生はうつむいた。
決して俺に無関係な話ではないが、当然悟らせるわけにいかない。
しかし……泰明が呼び出しに応じない? どうなってんだ。
「寮へ戻って、泰明の部屋を見てきましょうか」
俺は申し出た。それは先生のためというより、自分が気になっていたからだった。
「ああ、頼まれてくれるか? もしいたら、私に連絡をよこすように言ってくれないか。いなかったらいなかったでいいから……」
「……わかりました。では早速」
あんまりしゃべらせるのは酷だ。俺はそれだけ言って頭を下げると、急いで寮へ戻っていった。
泰明の部屋の前へ来た。ここは俺の部屋のすぐ隣だ。
「泰明、いるか? ……おい、泰明!」
俺はドアを強くノックし、呼んだ。
――返事はない。
とりあえず、ドアのノブをまわしてみる。
ん……開いてるぞ?
これは、入って確認するしかない!
俺は心の中で泰明に謝り、室内に踏み込んだ。
誰もいない――。
散らかっている様子もなく、部屋を見た限りでは、単にどこかに出かけているだけといった状態だった。
だが……五十嵐先生の呼び出しに応答がなかったのは事実なのだ。
俺は念のため、自分の携帯から泰明の携帯を鳴らしてみた。
……携帯の中からだけ、呼び出し音が延々と続く。それで、やつの携帯がこの部屋のどこかにあるのではないということ、そしてやつが相変わらず出られない状態にあるということがわかった。
泰明は、携帯を持ったままこの部屋からどこかへ失踪したのだ……。
なぜだ?
――五十嵐先生には気の毒だが、やはり一番高いのは、俺と同じ病気にかかって、病院送りになったか隠れてるかって可能性だろう。
待てよ……。
俺は考えた。
昨日は泰明の誕生日で、夜に同期を中心とした仲のいい何人かでちょっとした祝いをした。そのとき見た泰明は、どこといっておかしなところもなく、元気だった。
つまり、やつが病気にかかったとすれば、それは昨夜から今朝にかけての間ってことになる。今の俺みたいに、前から発病してたのに隠してたってパターンも考えられなくはないが、やつの素直な性格からして確率は低そうだ。
そして、それと同時期に俺も発病した……。
てことは……もし真奈の言う通りこの一連の騒ぎが人為的なものなら、その犯人は昨日の夜、俺と泰明の周辺にいたはずだ!
俺は、手に持ったままだった携帯を使い、真奈にかけた。この話は是非ともしておくべきだろう。
『はい。何かいいことは聞けた?』
真奈は例によって、沈んだ素振りも見せずに出てきた。俺は言った。
「それより……ちょっと、落ち着いて話をしたいんだが、お前の方は手が空いてるか?」
『ええ、今は大丈夫。それより、何かあったのね?』
「ああ……。実は、泰明が消えちまったんだ」
『泰明くんも!?』
思いのほか大きな声になる真奈。
「外で五十嵐先生に会って聞かされたんだ。携帯鳴らしても、コールするだけで出ないってさ。それで俺、泰明の部屋まで様子を見に来たんだ。今、やつの部屋の中にいる」
『鍵が開いてたの?』
「ああ」
『じゃあ……泰明くんはすぐ戻ってくるつもりでその部屋を出て、それっきり……ということになるわね』
その通りだ。
『彼自身も予想しえなかったことが、彼の身に起きたのかしら……』
「その件なんだが」
――俺は、自分の考えをすべて真奈に話した。
犯人は、昨日俺と泰明の両方に近づいた人物の可能性が高いと……。
『それじゃ、昨日の夜に集まったメンバーの中に……?』
「いや、そいつはちょっと……ありえないと思う」
俺は空いている右手だけで頭を抱えた。
集まったのは俺に真奈に泰明、レイラ、五十嵐先生……他にも何人かいたが、全員が泰明に好意的でしかも信頼に値する人間だ。あのメンバーの中に犯人がいるとは、とても信じられない。
『そうね。病気を研究して流行らせて実験するには、相当の専門的知識が必要になるもの。昨日のメンバーの中にはそんなことのできそうな人はいないわ』
俺とは着眼点が違ったが、真奈は真奈らしい理屈でその説に反対を唱えてくれた。
しかし……。
「だよな。でも、だとすると、やっぱりこいつは事件じゃなくて単なる流行病なのか?」
『私はそんな結論に持っていきたかったんじゃないの。まだ疑ってみるべきよ』
真奈はあきれた口調で言った。俺にはその裏側が見えたように思えた。
夢が嫌いなこいつも、こいつなりに「犯人を捕まえて治療法を見つける」って未来を夢見てくれてるんだろう。
いや、こいつは現実的なだけに、それを夢で終わらせない意気込みでいるはずだ……。
そう考えると本当に嬉しかったし、こいつが頼もしかった。
『……ねえ、僚。私からひとつ頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれるかしら』
ちょっとして、真奈は声を小さくして言った。
「いいけど……何なんだ?」
『今いる泰明くんの部屋を、もう少し詳しく調べてみてほしいの。何か手がかりが残ってるかもしれないから』
「よし!」
それは、俺もやろうと思っていたことだった。俺はふたつ返事で承諾した。
『ありがとう。できれば、この携帯をつないだままにして、どんなものがあるかリアルタイムで教えてくれるとわかりやすくていいんだけど』
「わかった、それでいこう」
俺はそれにも納得し、部屋をぐるりと見まわした。
入口から見て、部屋の左側には大きなテレビが置いてある。本棚やクローゼット、物置もこっちの側だ。
右側はほとんどのスペースがベッドでふさがれていて、目につくのはその横のナイトテーブルくらいだ。ただ、バスルームのドアはこっち側にある。
さて、どっちから調べ始めようか?