私の一族には変わり者が多い。これは多くの人間から言われていることだ。
そしてその例にもれず、私自身もかなりのアウトローだと思っている。
それは別に問題のあることではないし、私も改めようとは思わない。
むしろ、究極のアウトローだった親父にどこまで近くなれるか――私の人生の大半は、それを追い求めて費やされてきたような気がする。
だが――同時に私の一族は、モラルに欠ける一面も持っている。
私はそれを知っていた。
しかもタチが悪いことに、それは周囲には感づかれないタイプの「モラルの低さ」だった。
周囲に感づかれる心配があれば、自分の評価が下がらないように用心する気にもなっただろうが――。
私は、自分もその血を引いていて、見えないところでかなり小賢しい真似をしていることを自覚していた。
そして、その一面は好きにはなれなかった。
人の道から外れるようなことはせず、「変わり者だがいい人だ」という評価を受けて暮らしていくのが、私の理想だった。
しかし――追い詰められると、やはり自分でも想像がつかないような卑劣な面が顔をのぞかせてしまう。
これは持って生まれたもので、努力では変えられないのだろうか。
親父も、私も――そして、娘も。
香は、本当にかわいい娘だ。
私の性格の問題に遅れて気付いた女房が出ていってしまってから、香は私がひとりで育ててきた。
充分に気をつけて教育した結果か、香はとても「女の子らしい」娘に育った。
小学校の3年生になる頃にはもうひとりで食事の仕度ができるようになり、私の好物を覚えて作ってくれた。
将来の夢を聞くと、「お嫁さんになること」と恥ずかしそうに答えた。
その答えに私はほっとした。もし私を見て「獣医になりたい」などと言ったらどうしようと思っていたのだ。私の娘である以上、競馬界の裏事情を知ったら、私のように小賢しい本性が顔をのぞかせる――そういうことがないとも限らない。
香はこのまま優しく家庭的に育て、そのうち娘自身が選んだ相手のもとへ嫁に行かせよう。私はそう考えていた。自分がアウトローなのは好きだが、それを娘にまで背負わせる気はまったくなかったのだ。
――ところが。
香が14歳になった年に、事態は一変した。
親父の厩舎に所属していた26歳の騎手と、香は恋仲になった。
私はそのつきあいに反対していたわけではない。年の差はあったが、その男はごくまともな性格で、親から見て目に余るような問題点もない。娘が気に入ったならいいだろうと判断した。……厳密に言えば、その頃はそう判断してしまっていた。
だが、その男はある事件に巻き込まれた。
香は、男を助けるためにかなり無謀なことをした。
それは成功したものの、男は「中学生の女に助けられた情けない男」というレッテルを貼られ、騎手の仕事を追われてしまったのだ。
そして男は、自分の仕事がなくなったのは香のせいだという捨てゼリフを残して、競馬界からその姿を消した……。
香の落ち込みは、私でもどうにもできないほど深かった。
無理もない。
よりによって、一番多感な時期に、一番悲惨な経験をしてしまったのだ――。
――その悲しみから立ち直ったとき、香はもうそれまでの香ではなくなっていた。
決して笑わず、感情も見せず、結果だけを求めるようになった。
さらに、私が密かに恐れていたあの一言も、ついに口から出てきた。
「私、お父さんの後を継いで獣医になろうと思うの」
香の気持ちはおそらく、もう男は信用できないから、男に頼って生きるよりも自分の手に職をつけたいといったところだったのだろう。
そして――私はそれに反対できなかった。
反対しようとすれば、その理由を話さなければならない。私の娘だから競馬界の裏を知ったらきっと卑劣な人間になる――そんなことを言っても効果はないだろうし、逆にそういう面を助長する結果になりかねない。
……やがて香は大学に進み、本当に獣医としての第一歩を踏み出してしまった。
その頃、私は香にふと聞いてみた。
「お前がこの世で一番大事だと思うものは何だ?」
すると香は、何も考えずに答えた。
「お金と自分よ。決まってるでしょう」
――そこに、あの優しく家庭的な香の面影はなかった。
人は誰しもたくさんの顔を持つ、という説がある。
私はアウトローの顔と卑怯者の顔、そして普通の父親の顔の3つを持っている。
あの男も、優しそうに見えて、香の気持ちより自分に降りかかった災難を優先して相手を責めるような面を持っていた。
そして香も、あの穏やかな顔の他に、やはり私のような冷酷非情な顔をも持っていたのだ。
だが……。
何がどう変わろうと、香が私の娘であることだけは変わらない。
私が娘を大事に思っていることも。
だからだろうか――。
最近、頭の中でこうささやく声が聞こえてくるのだ。
……香を幸せにできるのは、私しかいない。
……香が金と自分しか信じられないのなら、私が金を貯めて娘に残してやればいい。
……そのためならば、私はどんな悪事にでも手を染めよう……。
もうひとつの顔
(隠しシナリオ No.12)