ぼくは自分を、矛盾の多い人間だと思っている。
消極的なくせに負けん気が強かったり、おとなしいのに外で遊ぶのが好きだったり、普段は穏やかなのに怒ると我を忘れて暴れてしまったり。

――取り柄らしい取り柄がないのに人に評価されたがる悪い癖も、そんな矛盾のひとつなのだろう。

ぼくはとにかく昔から、「誰かに必要とされたい」気持ちが人一倍強い人間だった。
しかし、性格が地味な上に取り柄もないとあっては、必要にも頼りにもされるわけがない。
それはわかっていた。
いや――わかっていたからこそ、余計に「必要とされる人間」に憧れていたのだ。

自分にできることは何か……。
中学生の頃、ぼくは考えた。
そして、出した結論がこれだった。

「異様な低姿勢を貫いて下働きに徹すれば、みんながぼくを必要としてくれるかもしれない」――。

まずは、自分が入っていた野球部でそれを始めた。
救急セットを持ち歩いて、ケガをした人をただちに治療する。
試合のときには、マネージャーでもないのに差し入れを持っていく……。
そんなことを続けてみた。

そのうち、チームメイトに「城、お前って気の利くやつだな」と言ってもらえるようになった。
ぼくにはそれが、たまらなく嬉しかった。

――だけど、その嬉しさも長くは続かなかった。
確かに感謝はされたが、誰ひとり、ぼくを心から受け入れてはくれなかった。
肝心な場面では、ぼくひとりだけが計画から外されるようなことも多々あった。

なぜなのか……。
ある日、部室の外の掃除をしていたとき、中で着替えをしていたチームメイトの会話が聞こえてきて、その意味はわかった。

『なあ……お前、城のやつ、最近何か妙だと思わねーか?』
『ああ、思う思う。あいつ、目立たないの気にしてるやつだからな。いいことしてみせて、自己主張したいだけじゃないか? 俺、あいつのそういうところが気に入らないんだよな』
『お前もか? 俺も俺も。みんなそうなんじゃねーの?』

……まさしく、その会話の通りだった。
ぼくが気づかいしたあれもこれも、あくまで「自分が必要とされたいから」やったことであり、彼らに対する親切心からの行動ではない。
彼らは、それを敏感に感じ取っていたのだ。

所詮ぼくは、自分の立場を有利にするために態度をいくらでも変える、コウモリのような人間でしかない。
本当のぼくは、いったいどこにいるのか。
ぼく自身が本当に望むものは、いったい何なのか……。
それさえもわからない。

……思えば、騎手を志したのも、自分の存在に意味をつけたいからだった。
本当に馬や競馬が好きで騎手になりたがる人から見ると、何とも失礼な理由だ。
それでも――騎手になれば、きっとぼくを必要としてくれる人が出てくる。
そんな気持ちで、ぼくは競馬学校を受験したのだった。

その受験会場では、運命的な出会いがあった。
後に同期生に、そして親友になる女の子――星野レイラだ。

彼女の気性は、ぼくとは正反対だった。
意志が強く、思ったことをまっすぐに言葉にする。
ぼくたちは廊下の角でぶつかって出会ったのだが、「すみません」「自分の責任です」などと謝ったりせず、いきなり「邪魔だよ、どきな!」と頭ごなしに怒鳴りつけて走っていった彼女。普通の人なら「なんて失礼な態度だ」と思うことだろう。
が、ぼくはそうは思わなかった。
急いでいるところで人にぶつかったりしたら、誰だって少しは腹を立てる。
相手に好かれようという打算が一切ない、心のままの言動に、ぼくは逆に新鮮さを覚えたのだった。

そうして彼女に好意を持ったぼくは、彼女と親しくなりたいと望んだ。
それは、受験会場での席がたまたま隣だったことが幸いして、少しだけ叶えられた。
誰かの役に立てるなら、どんなことでもする。それしか取り柄がないから――そんなニュアンスのことを言ったぼくに彼女が返してきた言葉を、よく覚えている。
「……そんな風に言わない方がいいと思うけどな。弱気なんて何の武器にもなんないんだからさ」

弱気は何の武器にもならない――。
その言葉はぼくから不安を取り除き、おかげでその後の体力テストで緊張せずにすんだ。
ぼくはレイラに感謝し、ぼくが彼女に言ったことも何か彼女の役に立てているだろうかと思った。
もし役に立てていたら、彼女もぼくに好意を持ってくれるだろう……やはり、本心はそれだった。

だが――ぼくの存在は、彼女には薬どころか毒にしかならなかった。
彼女がぼくを罵倒して去っていったとき、ぼくは彼女に二度と会えない覚悟をした。
そして、胸が痛んだ――。

風に舞い散るポプラの葉を見ながら、ふと思ったことがある。
ぼくは、風にはなれない――と。
もしぼくが、自分の姿を誰にも認識されない透明人間だったら、きっと誰かの役に立ちたいなどとは思わないだろう。
見返りがないからだ。
自分の醜さを、これほどまでに強く感じたことはなかった……。

……レイラとは縁があったのか、その日のうちに仲直りができた。
さらに、一緒に合格して同期生に、そして――親友へと変わっていった。

でも――。
やはり、ぼくの性格は今も昔のままだ。
誰かの役に立ちたいのは、自分を見てほしいからでしかない。

レイラも、近頃はあまりぼくに構ってくれなくなったような気がする。
おまけに、ここ何ヶ月か、誰か別の男が彼女に近づいているみたいにも思う――。

「誰かに必要とされたいから親切にするなんて、偽善だよ」
あるとき、レイラはぼくにはっきりとそう言った。
それを聞いても性格を直せなかったから、彼女はぼくに愛想を尽かしてしまったのだろうか――。

そんな中で、つい最近気付いたこと。
……ぼくは、レイラのことが好きだ。
彼女にもぼくを好きになってもらいたいし、他の男になんか渡したくない――それが本音だ。

しかし――そんな願望も、また利己的なものでしかない。

だからぼくは、現状を打破するために、この恋に関してひとつ、自分の中でルールを作った。
それは、自分の気持ちを絶対に彼女に押しつけたり悟らせたりしないこと。
ぼくを好きでいてくれない限り、ぼくの気持ちなんか知っても彼女は喜ばないのだから。
片想いはつらいが、彼女を困らせるよりは遥かにいい。

きっとこの恋は、ぼくの人生で一番長く、そして一番重要な片想いになるだろう。
好きでいながら自ら片想いを選ぶあたり、やはりぼくの性格は矛盾が多いのかもしれない。

でも、それで構わない。
自分がどれだけつらくても、それがレイラのためになるならば――。

 

 

矛盾

(隠しシナリオ No.7)


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