稔は死んだ。
もう、どこにも、いない。
それが真実だと、頭ではわかっている。
だが――俺の場合、頭と心は別物らしい。
例えば、稔の代わりになる人が現れて「自分が稔になる」と言えば、真実を差し置いて、心はそちらに預けられてしまう。
……高校を卒業した後だった。
俺と稔の共通の親友が、なんと俺たちそっくりに顔を整形し、「稔」として帰ってきたのだ。
まともに考えれば、とんでもない話だ。
稔は確かに死んでしまい、もう一度直接話をすることなどあってはならない。
それはわかっていたのだ。
――頭では。
だが、心はそうではなかった。
俺は親友を「稔」として受け入れた。
それは稔がいなくなった悲しみをなおも消化しきれていなかったせいであり、さらに親友の気持ちがわかったためでもあった。
彼は自分の家が嫌いだった。家にい続けるよりも、稔になって俺を助けてやりたいと思ったのだろう。
一卵性双生児の例にもれず、俺と稔は互いの考えがわかる傾向にあったが、何のつながりもない彼でもそれくらいはわかる。また、わかったと思うことで、せめて彼を本物の稔だと思い込もうとした面もあった。
彼は、本当にいい男だ。明るく優しく、考えてみれば最初から稔に似たタイプだった。見た目を除けば、俺よりもずっと稔に近かった。
例え彼が何かをしたことで俺が傷ついても、彼に悪気があるわけではないので、責めてはならない……。
そう思いながら、俺は再び「稔」との生活を始めたのだった。
しかし――。
俺の心は、晴れることはなかった。
親友の顔を見るたびに、本物の稔はもうどこにもいないのだと実感せざるを得ない。
さらに、俺が彼を「親友」として見ていた過去さえも、棄て去らなければならなかったのだ。
俺は、稔を亡くさなかった。
その代わり、あの親友も最初からいなかった――。
毎日、毎日……そう自分に聞かせて暮らすようになった。
俺は、自分の気が晴れないことを「稔」に知らせてはならない。
彼は、俺のために今の状態を作ってくれているのだ。
それなのに文句を言うのは、彼に対してあまりにも失礼だ……。
――が、俺の頭に浮かんではなかなか消えない、双子座の伝説。
稔と一緒にペンションを開いたら、その名前を『Gemini』にしたい――そんな夢を抱いていた頃に何気なく調べた、悲しい双子の物語。
兄を亡くした弟。
弟に不死身の命を与えた父。
だが、兄なしで永遠に生きることに耐えられなかった弟。
そして弟は、兄とともに星になることを選んだ――。
俺も、稔のもとへ行ってしまいたい……。
不意に、そんな気持ちになることがある。
そんなことをしたら「稔」は悲しむだろうから、今のところそんなつもりはないが、いつその気持ちが「稔」への気づかいを上まわるか――。
……誰か、俺の叫びを聞いてほしい。
本当の心の声を聞いてほしい。
親友よ。
俺の兄は死んだのだ。
だから、もうこれ以上、俺を苦しめないでくれ――。
兄と親友
(隠しシナリオ No.19)