赤が弱まってピンクが強まり、やがてマーブル模様が消えて、ゆっくりと白くなっていく。それを自覚すると同時に、俺は自分の足がどこか平らな場所についたのを感じた。
……ここが、地獄だろうか?
視界に白でも赤でもピンクでもない色を感じ、あたりを見まわすと……。
そこは地獄ではなかった。そこに広がっていたのは、見慣れた情景だった。ペンションの2階廊下の端、物置の前に、俺は立っていたのだ。
物置……そう、この中でみどりは。
……しかし、どういうことなんだろう。あのひずみは、空間移動の手段だったとでもいうのか?
いや、みどりの部屋は1階でここは2階だから、落ちてここに出るのはおかしい……。
意外なほど冷静な頭で考えていると、階下の談話室から声が聞こえてきた。
「オーナー、美樹本さんのケガの具合は?」
あのセリフには覚えがある! あれは……間違いなく、何時間か前に俺が言った言葉だ!
俺は廊下の中ほどまで駆けていき、階段の横の吹き抜けから談話室を見下ろした。
そこには、オーナー夫妻や香山夫妻、透くん、真理ちゃんの他に……確かに、今と同じ服を着ている俺の姿があった。その瞳には、バラバラ殺人が起きたことによる不安はあったものの、悲しみの光はどこにも見当たらなかった。
「素人目には大したことはなさそうだが……」
オーナーが答える。このセリフも聞き覚えが……そう思った瞬間、俺はようやく、自分の置かれている状況を悟った。
……過去だ!
ここは過去なんだ!
きっと、まだみどりが殺される前の。
そして、俺が至上の悲しみを知らない頃の……。
俺はこんな話を思い出した。
もしあのときああしていれば、こんなことにはならなかったのに……そんな思いが積もり積もって頂点に達すると、過去に戻るタイムゲートが現れ、それを叶えるチャンスを作ってくれる、と。
しかし、もちろん信じていたわけではなかった。現代を生きる人間が、そんな非科学的なものを信じられるはずはないのだ。
が……。
俺は今確かに、こうして過去の世界に立っている。
あのとき俺がみどりのそばにいれば、彼女は殺されずにすんだのに……。
その深すぎる思いが、あの赤いひずみ……タイムゲートを呼んだのだろう。
となると、俺がここでするべきことは決まっている。
みどりをあの男……美樹本の牙から守るのだ。
そして、未来を変えてやる……。
俺は下唇をぎゅっとかみしめ、両手を拳にした。
そのとき、俺の左側でドアの開く音がした。
その音に驚いてそっちを向いた俺は……もう一度驚くこととなった。
バラバラ殺人の犠牲者・田中の部屋から雪まみれになって出てきたのが、あの愛しい姿だったからだ……。
「みどり!!」