2006/12/31 (カブ新聞02/4/25) 4月13日 文化祭 たった数人のスカウトで自前の文化祭を行った。 男の子のチームは、「おむすびころりん」の劇とマジック、ピアニカの演奏。 女の子のチームは、自分たちの遊びを紙芝居にして披露した。 どうも女の子の出し物は発想からしていつもすごい。 なぜか縄跳びも披露したとある。 展示物は、ポスター展に出品するポスター、カブラリーで使うキャラクターの絵や葉書、ランプファイヤーの時の凧、小屋作りで作った水鉄砲、他団と交換した名刺、そしてカブ新聞に掲載した写真を100枚ほどB5にプリントしたもの。 今までの活動が分かるものをパネルや壁、天井に貼り付けた。 しかも、前々年度の舎営がビデオにまとめてあったので、それをプロジェクターで上映した。 これは、他団のリーダーたちに好評で欲しいというので、確か3本ぐらいコピーして後日渡した。 パブリックの会館の会場が満員御礼であった。 余談 ビデオ屋の集い−ビデオナー・ビズネット−の10周年事業も、そのように盛大に成功しますように。 2006/12/30 (カブ新聞02/4/25) 4月2日 専用のキャンプ場で小屋作りをした。 そのあとで「水鉄砲」を作って遊んでいる。 まぁ、子供のことだから丸一日同じ作業は無理だからいろいろな遊びを考えているわけだ。 この年から、小屋作り、ハイキング、文化祭、奉仕活動、それらの活動を年度末に向けて並列して行うプログラムを組んだ。 ラウンドテーブルでは、そういう年間プログラムはダメだと言われた。 あくまで月ごとのものを考えろと言うのだ。 なぜそうしなければならないのか、その説明は無い。 ただそうしろとの一点張り。 僕が考えた年プロは、幼稚園の活動を参考にしたところがあって、一年間いろいろな活動をそれぞれ時間軸で高度なものにしている。 そして年度末の「舎営」で総仕上げをするという考え方だ。 どこが悪い? そういう年プロを提出したら、団の人が勝手に「BS流」に書き換えて地区に出していた。 くだらない無駄な作業だ。 BSも民営化(?)の必要があるのだろうか・・・ さて、9月に入隊上進式で新年度を迎えてぼちぼち半年が過ぎた。 活動は年の後半になりいよいよそれぞれの活動が仕上げに向かう。 記事もそれに合わせて内容が充実していく。 お楽しみに。 こうしてカブ新聞を読み直すと本当に懐かしい。 僕の人生が極めて充実していた。 その年の半分で活動は25日を数えた。 月に4回として24回だ。 プラス一日多い。 廻りのリーダーにやり過ぎと言われ続けていた。 たしかに今見ると多い、自分でも思う。 だが、本当にそれでもその当時は、活動日数が足らなく感じていた。 馬鹿げた話しだが、足らなかった。 子育てはある一線を越すと快感だと言った人がいたが、僕はそれを軽く越してしまっていたようだ。 お父さん、ぜひ、ぜひ、それを越すまで子育てをしてください。 物や金では絶対に味わえないブッタマゲルほどの快感が待ち受けています。 2006/12/29 (カブ新聞02/4/25) 3月30日と4月6日 自前の文化祭に向けて、スカウトたちが会議を開いた。 前回同様議長、書記といった役割分担をしている。 写真を見ると、四番目の末っ子が黒板の前で何か発表をしている。 会議らしい雰囲気は出ているようだ。 たぶん、出し物について、準備物について、相談しているのだろう。 話しは違うが、ビデオ屋の集い−ビデオナー・ビズネット−でも今、10周年の記念事業について会議を重ねている。 会議慣れしていない方もおられる。 自分の意見を他者に理解できるようまとめて話す力が問われる。 僕のように強い調子で意見を言うと、威圧されたと感じる方もいる。 それを理論立てて反論できない方もいる。 やはり、子供のうちから「会議」を体験するのとしないのでは、社会人になって何かのプロジェクトで活躍する具合が違うような気がする。 そういう意味で文章能力も大切だろう。 そのことに気付いて、6月ごろから作文提出が多くなっている。 前にも書き込んだが、作文(感想文)は、学校の国語と違って上手な文章を目指さなかった。 自分が思ったように書きたいように書かせた。 絵画の自由画、想画、と同じで技法に傾くと創作性が出しにくくなる。 母親が子供に近いと、どうしても技法にこだわるようだ。 だから、お父さんは下手でいい、思いっきり発言すること、思いっきり文章を書くこと、思いっきり絵を描くこと、それを目指して欲しい。 子供に、自由に気持ちよく面白く表現できたという喜びこそ大切な体験になる。 決して「上手に見栄え良く」しないで欲しい。 実のところ、僕の商売が「ビデオ表現」なので特にそれを訴えたい。 余談だが、Snowmen Camp Club のディキャンプでもしビデオカメラでお子さんを撮ろうというときに、僕に一声かけてくだされば、子供をどうビデオに収めたらいいか伝授します。 僕は子供を撮り続けて四半世紀、芸術家ではないがこれだけやってれば多少は教えられます。ちょっとした技術でビックリするほど子供を生き生きと撮れるようになりますのでお試しあれ。 2006/12/28 (カブ新聞02/3/28) 3月24日 満開の桜並木の中をミニハイクした。 野鳥を目の前で見ることが出来る「野鳥の森」という施設を目指した。 途中、キリスト教会があった。 スカウトたちに教会の話しをしていたら中からどうやら牧師の子らしい小学校3年生ぐらいの女の子が出てきた。 その子がしきりに教会堂の中に案内をするので入った。 日曜日でじきに礼拝が始まろうという時だった。 その子が急いで牧師を呼びに行った。 そうしたら、説教の支度でたぶん一番忙しいだろうに、本当に牧師先生が出てきた。 そして子供たちにお話しをしてくださった。 ラッキーだ。 そのお話しは、「人にいやがられることをすると、いつかそのいやなことが自分にふりかかる。 逆に、人を喜ばせることをすると、それが自分にもどってくる。」という内容だったようだ。 どちらかと言うと聖書にあまり関係ない。 しかし、子供の年齢にちょうどいいものだったと思う。 さて、そういう道草を食いながら目的地を目指していたら、バッタリと他団のカブ隊に遭遇した。 この日は想定外の多い日だったようだ。 そして予定通りに着くとそこには、最近頻繁に合同で活動をしているところとは違う僕と仲良し隊長の隊が待ち受けていた。 そして、名刺交換をしたあと、ドッジボールをして友情を築いた。 その隊と遊ぶことはスカウトに内緒だったが、それ以前にサプライズが多かったので人工的な遭遇がかえってわざとらしくなってしまった。 妙な一日だった。 余談 昨日の夜は、僕のようなビデオ屋を個人経営している仲間−ビデオナー・ビズネット−の忘年会だった。 今度の9月に10周年になる。 それに向けてモチベーションを上げた。 その10周年でいい活動報告をするために、今度の勉強会では何が何でも内容を充実させたい。 ということで今回は僕が講師を名乗り出て「録音」について一日がかりで実演する計画だ。 ここまでに至るのに結構強引に引っ張ってしまった。 多少の反感があった。 しかし、そうでもしなければ動きそうに無かった。 みんなは、僕の自己顕示欲ではなく、さらなるステップだとも感じてくれたようだ。 もちろん子供相手のスカウト活動とは、神経の使い方が違うが、仲間を束ねるという根本では同じことが多い。 人生なんでも勉強。 真剣に取り組むと得るものは何にでもある。 お父さん、もしチャンスがあるのならBSのリーダーをしてみよう。 その牧師先生の話しが体験でよく分かるはずだ。 2006/12/27 (カブ新聞02/3/28) 3月9日 前回同様の隊と合同でミニハイクをした。 3回連続での合同だ。 街で一番でかいはしご車がある消防署を訪ねた。 そのはしご車で地上40メーターまでスカウトたちは旅をした。 僕は高いところが大嫌いだから遠慮した。 消防署の方に非常の場合の通報の仕方などを教わった。 実際に火事を想定してその場所をパソコンに入力し、その時点での風速などのデータ−を出していただいた。 こういう仕事もハイテクになっている。 通路にロープワークの見本があった。 驚くほどの種類がある。 プロはやっぱり違うと実感をする。 隊長も大いに社会勉強になる。 その後、僕の家族が行きつけの露天風呂がある銭湯に行った。 その露天で男の子のスカウト8名が一列になって「お風呂でキュ・キュ・キュ」をやっている写真が載っている。 チンポコ丸出し。 愉快、愉快。 余談 スカウト活動では、初めは面倒を見てもらうのだが次第に世話をする体験が多くなる。 奉仕活動は、そういう意味でもあるわけだ。 組長や次長といったリーダーを体験させることもそうだ。 そして子供が大きくなってボーイ隊になりベンチャー隊へと進むと、自分ひとりで活動計画を立てて実施したり、年下の世話をする体験ができるようになっている。 実際に僕の三番目の子は、カブ隊の面倒をたくさん見させることで本当によく育ってくれた。 僕はつくづく思う。 それは、実はそのことでお父さんの練習をしていると気付いた。 本気で後輩の面倒を見るスカウトは、ものすごく立派なお父さんになることだろう。 そして社会のあらゆるリーダーに相応しい男に育つだろう。 そう思うととっても嬉しい気分で一杯になる。 これを読んでくれているお父さんがいたら、できたら活発な活動をしているかどうか良く確認して子供をボーイスカウトに入れよう。 そしてお父さん自らリーダーをするといい。 物や金ではない人生の価値を手に入れることができるだろう。 本当の人生の豊かさを味わえるだろう。 もし、どうしてもそれに躊躇するならぜひ月に一度戸田の道満グリーンパークで僕が個人的にディキャンプをしているから尋ねて欲しい。 子供とどう遊べば子育てになるか体験できると思う。 僕はその三番目の子に、これからはお父さんに子育てを伝授する活動を生涯行うと宣言した。 2006/12/26 (カブ新聞02/3/28) 3月3日 前回の仲良し隊長の団と一緒に、いつもの専用キャンプ場で小屋作りをした。 相手の団は、そこに泊まるつもりは無い。 竹を組んだ小屋作りに興味があったようだ。 倍の人数のスカウトで大いに賑わった。 三角錐の骨組みに、スカウトたちはブルーシートを試しにかぶせたようだ。 隊長は無理だろうと思っていたところ、見事に上手にやってのけた。 スカウトの工夫振りに隊長が驚いている。 写真を見るとその大きなインディアンテントの中で、カメのようにスカウトの上にスカウトが乗っかって、その上にスカウトが乗っかって、さらにその上にスカウトが乗っかってピースをしている。 実に愉快そうだ。 余談 僕は子供のころ、どうしても兄弟が欲しくてせがんだことがある。 それで5歳違いの妹が産まれた。 僕のオーダーは、弟だった。 どうも僕の親は励み間違えたようだ。 年が離れた妹だから、遊びがかみ合わなかった。 スカウトたちがその写真のように男の子同士で遊んでいる姿を見ると羨ましい。 僕の四人の子供が同じように毎日ドタバタとじゃれあっていた頃も本当に羨ましいほど楽しそうだった。 しかし、上二人はグレてしまい、その反省で下はそれなりに頭は悪いけどそこそこの成長をしてくれている。 そしてそれが精神的に二つのグループに分かれてしまった。 僕の人生は、その両極に分かれた兄弟を、そのままで融合させることが今度は、最大の目標になった。 年上の子が年下の子の面倒を見て心を育てようというのが幼稚園界隈での「縦割り保育」だ。 それの特殊な応用を使って、その難しい二つのグループを将来束ねる。 縦割りの裏テク。 通称、逆タテ。 子育ては、お父さんにとって人生のゲームなんだな。 さぁて、これからが僕の本当の腕前が試される。 2006/12/25 (カブ新聞02/3/8) 2月23日 ラウンドテーブルで知り合ったこの間バッタリ出会った仲良し隊長とは別の隊長と組んでミニハイクをした。 ここの隊とはこれからたくさん合流して活動するようになる。 これも地区のお偉方に批判の対象だ。 コースは前年同様、市民会館・市役所・警察署・市立病院、そして最後にゴミ工場だ。 町の仕事には何があるか、それを訪ねてのミニハイクなのだ。 しかし、最後の一番のお楽しみのゴミ工場の展望台がお休み。 実は下見をしていなかったのだ。 スカウトからの大ブーイング。 相手の団の元気のいい男の子に、「なんだよう、ここまで歩いてきて休みかよぉ。 意味が無いじゃん。」 平謝りにお詫びする僕でした。 今、思い出しても恥ずかしい。 教訓、下見をサボるな。 大人も人生勉強の場になるのです、BSの活動は。 余談 人生の綾とは本当に摩訶不思議。 今日、ある幼稚園でそのゴミ工場を使った活動をするために下見に行く。 なんという偶然でしょうか。 教訓を生かしてバッチリ下見をしようと思う。 そのあと昼食会の打ち上げだそうだ。 幼稚園らしいですね。 2006/12/24 (カブ新聞02/3/8) 2月9日と2月17日の二日間、自前の文化祭の計画を立てた。 子供たちに会議を開かさせている。 議長が自分の意見を言ったり、書記が議長になったりしたとある。 会議ゴッコだ。 上手にならなくても、そういう体験とうまくいかなかった体験も大切だ。 隊長がその文化祭の出し物に「作文」を提案したようだが、却下された。 厳し〜い。 提案の持っていき方が悪かったな。 そうせざるを得ない手法を使うか、何かの取引でその気にさせれば良かったのに、隊長の根回しの勉強でもあった。 ポスターを描いてそれを文化祭に出そうと言う隊長提案は、可決したようだ。 さっそくそのポスターのためにべーデン・パウエルの話しや、イギリスがどこにあるのか地球儀でスカウトたちが学んだ。 余談だが、子供には地図より地球儀のほうが断然興味を持つ。 立体感が面白いのだろう。 子供たちが食い入るように地球儀を見ている。 カッターナイフを使って何か工作もしたようだ。 子供の性格にはたくさんのパターンがある。 知能が高く敏感な子。 ものおじせずおっとりした子。 ビクビクした子。 指示待ちの子。 etc, それらの性格はすべて親の影響で形成されていく。 それも先天的なものと後天的なものが複雑に絡み合ってほとんど無限と言っていいほどの性格のパターンが出来るようだ。 それを一つのグループに束ねようとするときに、全員が同じようにさせるのではなく、それぞれの性格の特徴が生きるように作業の役割分担をするとうまくいく。 10本の指で足りる人数のスカウトで、はたして自前の文化祭が出来るだろうか? 乞うご期待。 2006/12/23 (カブ新聞02/2/4) 1月27日 小屋作りの予定が雨天で近所の「科学体験センター」へ行った。 そうしたら、各団のカブ隊の隊長が集まる「ラウンドテーブル」で知り合った仲良し隊長の隊も偶然来ていた。 僕の四番目の子は最終学年で組長だった。 相手の隊の組長と握手を交わしている写真が載っている。 なかなかカッコいい。 とても小学生に見えない。 握手は全員した。 僕の感想は、「立派に握手していたんで隊長は、心の底から感動した」とある。 その場所で何をしたか、そのようなことよりもこうしてそのときにどういう人との交流があったのか、それを僕は非常に大切にした。 それを教養として知っているのではなく、実践をしていた。 活動を通して常に人との交流を主眼にした。 これは、僕が寂しがり屋の性格であることに大いに関係していることだろう。 僕は、小学校高学年から中学までで6回引越しをしている。 友達が出来てもすぐ別れがあった。 恐らくそういう体験がこうして子供たちに友情をたくさん味わって欲しいという願望になるのだろうと思う。 余談 その子ももう高校生になろうとしている。 僕の家族の考え方は、本当の自立と成長だ。 よく学校で「自立」をスローガンにしているが、日本人の平均的な感覚での自立を僕は自立と思わない。 経済的自立、これは当たり前だ。 それよりも精神的な自立、これを子供に今徹底的に仕込んでいる。 これは裏を返すと、僕自身子供との別れを意味する。 人一倍の寂しがり屋にとって子供との別れは、大げさに聞こえるかも知れないが断腸の思いなのだ。 情けない男と思って欲しい。 本当に弱い者だ。 実感する。 実は、今日、三番目の子が帰ってくるというので嬉しくてしょうがないのだ。 明日のクリスマスイブが大切な一時として守られますように。 そして多くのお父さんが、子供との心温まる時が守られますように。 2006/12/22 (カブ新聞02/2/4) 1月20日 僕の四番目の子がビーバー隊だったとき、僕の家族だけになってしまった活動でやった「ランプファイヤー」をした。 写真を見ると11名の子供がいる。 場所はそのときと同じ場所だ。 この時期は早く日が暮れる。 だから公園でグニャグニャ凧を作って、それで遊んでいるうちに暗くなる。 そしてランプファイヤーの始まりだ。 男の子はクイズの出し物。 女の子は、「リレー」の出し物。 リレーをどうやって出し物にしたのだろうか? 隊長の感想も「発想が、とてつもなく独創的」とある。 夜話は別紙にしても渡すほど力が入っていたようだ。 夏の舎営に向けて、スカウトたちの出し物の練習、隊長は夜話の訓練だった。 そして、それが終わって帰宅すればちょうど夕食の時間と言う設定だった。 自分で思うけど(誰も誉めてもらえないので)太陽が早く沈むという自然の環境をうまく使った企画だった。 余談 昔、ビデオの商売を始めようとしていたとき、それとは別にアウトドア−の用品をレンタルする商売も考えていた。 それで試しに幾つかしてみることにした。 今から20年以上前のことだ。 一つは24インチのロードレーサー(自転車)のレンタル。 ビアンキ社製のものを3台買った。 販促用のビデオをVHSで作った。 結局どうやって顧客を確保したらいいか分からず終いで、そのロードは自分の子供のためのものになった。 もう一つ。 それは、90ccのモトクロスバイクのレンタルを考えた。 違法だが、土手の誰もいない場所で貸し出した。 誰かいるところでは、訴えられてしまう。 当然誰もいないのだからお客さんがつくわけが無い。 と思ったが、摩訶不思議。 固定客が2〜3親子ができた。 家内が調子に乗って脇で「ヤクルト」を売った。 まったく馬鹿げた話しだ、自分で今でも思う。 結局ビデオ屋を立ち上げて、これを目指した。 そうしたらその顧客からなぜ辞めたのかクレームの手紙が届いた。 人生を開拓する愉快さとはこのことだ。 子供に是が非でも伝えていきたい、人生はユーモアそのもので生きられるってことを。 末っ子がビーバー隊でたった一人でしたランプファイヤーも、やっておけばこうしてノウハウが出来て役立つときが来る。 馬鹿馬鹿しいことこそ、チャレンジしておいて後に役立つことが多い。 たった一人の女に騙されて結婚してしまうなんて、おおよそその典型だ。 おっと、読者で気分を害された方がおられるようだ。 説明しよう。 ついこの間、僕は家内に言った。 「結婚させられるときに、お前は、美人は三日で飽きるが、ブスは三日で慣れると言った。 しかし、もう30年近く経っても一向に慣れないじゃないか。」 そうしたら家内は、「こんだけ経ちゃぁ諦めがつく。」と言った。 品質表示法違反ではないか! サギだ! それでも、恐ろしいほどのこの馬鹿馬鹿しい結婚も、しなければ子供に会えなかった。 人生は、神様の信じがたいユーモアだ。 2006/12/21 (カブ新聞02/1/18) 1月7日 専用のキャンプ場での小屋作りをした。 スカウトが増えたので「拡張工事」をしたようだ。 この日初めてスカウトの父親が手伝いに来ている。 三番目の子がリーダーをしていてボーイ隊のころ「五右衛門風呂」に入った思い出があり、それをやろうと提案した。 それは後に団会議でそうしたい旨を伝えたら、リーダーの一人が準備をしてくれることになった。 僕も子供の頃、ダンボール箱や角材で「基地」を作って戦争ゴッコをした思い出がある。 それから比べたら随分と本格的な「基地」だ。 写真を見ると大人の僕でもワクワクするような小屋が出来そうだ。 前回では柱が4本だったが、この日に6本になっている。 四角錐から円錐っぽくなっている。 高さは3メーターぐらいだ。 構造的に天井は、6本の竹を束ねているわけだが、どうやってやったものやら・・・ 隊長が知らないうちに組み立てている。 まだ骨組みだけのところでスカウトたちがお昼を食べている。 楽しそうだ。 なれない作業で大変な思いをしたことだろう。 それで楽しい。 こういう体験をたくさん経験することが重要だ。 その逆に、簡単で気楽で楽しい、これを繰り返して育てるところに今の子供の心が育たない原因がある。 お父さん、ぜひそのことを十分に理解して子供と一緒に遊ぼう。 子育ての親子キャンプは、その「大変だけど面白い」体験が目的だ。 目指してみましょう。 2006/12/20 (カブ新聞02/1/18) 1月6日 入隊式があって、これで男の子5名、女の子4名になった。 そのあと神社へ初詣に3〜4キロ歩いて行った。 そこで団委員長にお参りの心構えを教わっている。 それは、お参りをしたから何でももらえるのではなく、どんなことでも努力をした上でお参りすることが大切だ、ということをスカウトたちにお話しをいただいた。 とってもBSの活動らしくていい。 そして、集会場で昔ながらの伝承遊びをした。 べーゴマ、ケンダマ、凧、お手玉、カルタ、スカウトたちは自分の気に入った遊びを楽しんだ。 これは前年度までは餅つきをしていた代わりの活動だ。 ただ、餅を食べるだけのものよりは、格段にいい一日を過ごしている。 他団のカブ隊との合流をこれからあると宣言している。 いよいよエキサイティングになっていく。 余談 この間、二日酔いをしたので大人しくしようと思っていたら、うつ病で悩む友達から電話があって一杯やりにいった。 どうもそいつは韓国ママの店が気に入っているようだ。 僕は、ちょっと高めだから引いているのだが・・・ まさか、失業者に金を出させるわけにもいかないし、こうして僕の人生は貧乏なのだ。 うつ病は子供のときに、「気楽で楽しくてよかった」と親が態度で、言葉で教えてしまった結果だ。 いかに歯を食いしばって努力をするのか、そしてそのことでどう達成感を味わえるのか、子供のときからそう鍛えられればうつ病にはなりにくいだろう。 例えなったとしても回復力があるだろう。 大自然の中での子育てキャンプは、「やってもらう」ではなく「自分でしていく」を教えるのに非常にいい。 そして、子供の心を強く育てるためには、もう年中繰り返して実行することで効果がある。 一回や二回で身につくことは無い。 お父さん、お子さんが将来堂々と生きていけるよう、その心構えを教えましょう。 ぜひそう努力してお参りしてください。 きっと願いがかなうでしょう。 2006/12/18 (カブ新聞02/1/18) 12月29日 夏場レジャープールのところが冬季に釣堀をしているところがあり、そこでマスを釣った。 前年度は1時間だったのをこの年は、3時間やったとある。 二人のスカウトがチャレンジ章の「フィッシャーマン」を獲得した。 そして課題で魚拓をとった。 食品添加物の「紅色」を使った。 スカウトたちは夢中になっていたと記事にしている。 ( Snowmen Camp Club ) 昨日デイキャンをした。 このデイキャンの目的は、たまたま通りすがりの親子に簡単な工作物を楽しんでもらい、そのことでお父さんに子育てのための遊びを提案することにある。 しかしこれからは寒くなりそこの公園に遊びに来る親子は皆無となる。 それで昨日は、僕の最後の四番目の子にタ−プの廻りに風除けのシートを張り付けるという課題を与えて、その子の訓練キャンプをした。 さすがボーイスカウト、上手に出来た。 そしてその中で昼寝をした。 僕の高校時代の級友であり、元スキー仲間であり、妹と結婚をしたドジな友達も来た。 このデイキャンが終わったあと、そいつと打ち上げをするのが最近の習慣になっている。 昨日は、軟骨入りのつくねがうまい店に行った。 昔話に花が咲き、今朝は二日酔いだ。 子供にこうして古い友達と酒を酌み交わすところを見せられるのが嬉しい。 子供にも長く付き合える友達ができるよう、そして人生の本当の豊かさとはなにかが分かるよう育って欲しい。 2006/12/17 (カブ新聞01/12/26) 12月16日 団行事としてクリスマスを行っている。 前年度よりはマシな内容だったようで、記事もそれを伝えている。 スカウトが実働で6〜7名なので二組に分けたいのだが、分けられない中途半端な人数だった。 分けられれば組対抗にして何かにつけ競争させられ活気付く。 苦肉の策としてこのころは、「男の子チーム」と「女の子チーム」に分けていた。 もうこのことで、各団の隊長が集まる「ラウンドテーブル」でそのやり方は間違ってる、と茶々を入れられる。 そういうのはもちろん、決まっておばさんだ。 さて、そのおばさんが勝手に作った規定違反のままでクリスマス会は、ちゃんと盛り上がった。 女の子チームの出し物は、自分の思い出を一人一人絵に描いて、それをみんなで組み合わせて一つの物語を作って披露した。 隊長の感想は、「今までに聞いたことが無い斬新なアイディア」と驚いている。 それに対する男の子チームは、「カチカチ山」のお話しを自分たちでアレンジしたものを出し物として披露した。 感想は、「唐突におばあさんが殺されてしまって、あまりに突拍子も無いのでウケてました。」とある。 まぁ、ここら辺の年代は女の子の方がませていて立派だ。 写真を見るとどちらも一所懸命に披露している。 内容はともかく、夢中になれることが僕としては目当てであり嬉しい。 余談 人並みに師走の忙しさだった。 僕は幼稚園を相手に商売をしているので、この二十日までが勝負だった。 多少のクレーム処理のメドも昨日までに立てて何とかなりそうだ。 それで今日無事にディキャンプができる。 ラッキー!! 久しぶりに僕の四番目の子を連れて行く。 Snowmen Camp Club のディキャンでしっかりと訓練しなければ雪中キャンプが出来ないぞ、というフレーズの餌で釣った。 こうでもしなければもう遊んでくれない。 もう終わり。 子育ては本当にアッと言う間に終わる。 お父さん、ボケーっとしてないで子供と一緒にフィールドへ駆出そう!! 2006/12/15 (カブ新聞01/12/26) 12月2日 歳末助け合い募金を街で一番賑わう「南越谷駅」で行った。 スカウトの成長振りを端的に表すことが起こった。 それは、いろいろな団体が年中募金活動をしているその場所で、こともあろうか、タクシーの運転手さんたちが持ち寄って僕のカブ隊の募金箱に入れてくれたのである。 しかも、そのときには僕は仕事でどうしても行けなくて、三番目の子がリーダーの中心になり保護者の方一名がお手伝いをしていた。 100%スカウトたちの実力だ。 8名のスカウトで、30分間、15,652円集めたとある。 スローガンを掲げて教育したつもり、お話しを聞かせて道徳的になったつもり、それで子供の心が育つなら誰も苦労はしない。 子供の心が育つという結果を引き出す。 それには、BSのような体験で子供を育てる、手間ひまをお父さんが惜しみなくかける。 お父さん自身が、本当に大変な思いをしたと実感できるほどの犠牲を払って子供の心を育てる。 そこにこそ、父親の愛がある。 その父親の愛をたくさん味わってこそ子供は、あらゆる困難に立ち向かって生きていく勇気を持つようになるのではないだろうか。 奇麗事で子育てを、金を払うだけの子育てを、いくらしてもこのような効果は無いだろう。 お父さん、今政府は教育改革だそうだ。 どんな制度にしてみたところで、お父さん自身が子供の心を強く育てようとしなければニートやうつ病の根本解決はあり得ないと僕は思う。 子育てが、仕事で忙しいというのは言い訳だ。 ならば、僕のように時間が作れる仕事にすればいい。 その僕だって、日曜、休日にビデオ撮影をして稼ぐ商売をしている。 それでも出来た。 きついことを言うが、もう躊躇している場合ではない。 お父さん、子育てのためにぜひ立ち上がって欲しい。 でなければ、この日本が破滅してしまう。 2006/12/13 (カブ新聞01/12/26) 11月24日 ちょっと距離を伸ばして「北越谷駅」まで電車で行き、そこからミニハイクをしながら帰ってきた。 花の観察、神社でのお参り、土手滑り、道路標識、と盛りだくさんの内容だったようだ。 記事には、「ミニハイクは、最初の何回かは辛いけど慣れてくるとたくさん平気で歩けるようになります。」とある。 じつはこれ、僕自身のことだ。 スカウトたちはもう元気が良くて、土手なんか真っ直ぐ歩くことは無い。 土手の上に登ったり、下ったり、距離にしたらたぶん、2倍になっていると思う。 しかも走り回っている。 最短距離を歩いているのは、隊長一人だけだ。 そういう僕もこのころは極めて健康だった。 少なくても月に一回はミニハイクをしていた。 これが大人の体にも非常にいいということが分かった。 僕は、幼稚園を専門にしたビデオ屋だ。 幼稚園の先生たちは、年中フィールドに出ていると思っているらしいが、実のところ仕事の多くはパソコンに向かってのデスクワークだ。 どうかすると三日ぐらい外に出ないときもある。 だからこうして外に出られるキッカケは本当にありがたかった。 そういうことで今は極めて不健康な毎日、おかげで痛風になってしまった。 子供たちを育てていて、大人としてさらに成長できたり、健康に良かったり、なによりも心から愛するべき対象−−−子供の存在があることで心が豊かになれる、それをハッキリと実感できる。 ある人が言った。 「子育てはある一線を越すと快感になる。」と。 僕もそれを越してしまった。 生きる上で一番の喜びを味あわせてくれた。 お父さんも、そこまでになれるよう子供の面倒を同じようにしてみて欲しい。 人生の本当の豊かさとは、やれば何か分かるから・・・・。 余談 そういうことで、この間散歩に出た。 なんの目的も無く出るのはおっくううだ。 例えば犬の散歩は、だから飼い主の健康にいい。 そこでウチの家内を連れて行くことにした。 ブタさんの散歩・・・。 まぁ、なんでもいい。 そうしたら、何を勘違いしたか腕を組まれた。 若い子なら嬉しいけど・・・ 恥ずかしいたらありゃしない。 お粗末でした。 2006/12/12 (カブ新聞01/12/16) 11月11日 地区の20周年記念大会があった。 午前が式典で、午後に近くの大きな公園で模擬店やゲームが楽しめるプログラムだった。 式典は小学校の体育館を借りた。 スカウトと保護者で埋まった。 記事を読んで思い出したことがある。 校長先生の挨拶でスカウトたちの態度をしきりに誉めていた。 それだけではない。 たった数人の僕の隊の子もすごく良かった。 手前味噌ではない。 本当に良かった。 いつも多動で困らせる子もジッとしていた。 そのりりしさに感動したことを思い出す。 普段の活動では、集会の始まりと終わりに「セレモニー」なるちょっとした儀式を味わう。 その時に歌を歌うのだが、初めは小さい声だった。 隊長自らでかい声で歌うことで良くなった。 お父さん、肝心なことです。 子供は親の真似っこをして育ちます。 親の心がそのまま子供にコピーされます。 親がだらしなければ子供もそうなり、親が真剣に生きれば子供もそうなります。 親が学ぶ姿を見せれば子供も学ぶようになり、親が享楽を追えば子供もそうなります。 セレモニーで声はでかくなったが、後はどうもダラダラしていた。 そこでそれまで集合してすぐセレモニーをしていたところを、セレモニー前に自由遊びを30分やるようにした。 効果があった。 まず子供たちに発散させる。 そうすればセレモニーでピッシっとする。 カブ隊のリーダーの方にぜひお勧めする。 自由遊びは、「こおり鬼」「しっぽ捕り」を好んでしていた。 一人遊びにならないようにするといい。 スカウトたちは、こうしてメリハリを覚えてくれた。 記念式典でピッシっと前を向いてフラフラすることもなく校長先生の話しを聞いている姿が今でも目に浮かぶ。 子供の成長は本当に心から感動させてくれる。 2006/12/11 (カブ新聞01/11/12) 11月3日 専用のキャンプ場で小屋作りをした。 前年度は一日でできる範囲だったがこの年からは何回も行って作ることにした。 紙面の都合であまり記事になっていないが、僕が隊長になって他団ではやらないだろうことをした。 簡単な小屋を作るのは履修科目だ。 専用のキャンプ場という利点を生かして、でかいものを作ろうと子供たちに提案した。 最初にスカウト会議をした。 どういうものを作りたいのか、みんなで決めさせた。 男の子の提案、「え〜と、ここに冷蔵庫があって・・・」 女の子が「お前、なにを考えてんだよぉ。」 そんなやり取りがあった。 まぁ、当然のことながら時間ばかりたって決まらない。 三番目の子のリーダーが「インディアンのテントみたいなものはどうだろう。」と提案した。 一発でそれに決まった。 たぶんそうなるだろうと実は隊長と根回しをしていたが・・・。 基礎となる床部分は、キャンプ場にあったコンクリートのブロックと運送屋さんのパレットで前もってリーダー側で作っておいた。 こんなことをするのは、僕も初めての経験だ。 水平を出すのにどれほど苦労したことやら。 それは、僕と三番目の子の二人で二日かかった。 おおむね六畳ぐらいの面積のところにスカウトたちはベニヤ板を張る作業をしている写真が載っている。 そしてそこに竹で四角錐形の骨組みまでが出来上がった。 写真で見ると、カブスカウトの活動を越してボーイ隊の内容のようだ。 規定違反? ロープワークをゲームで教えるというBSの伝統があるらしい。 しかし、僕はそれを知らないし、そうしようとも思わなかった。 この小屋作りを通して実際に「角結び」をスカウトに教えた。 出来るようになった。 それと確か「三脚結び」もしたはずだ。 これはたぶん、リーダーがやって見せただけかも知れない。 この竹で骨組みを作ることと、ブルーシートでタープを張るということが組み合わさって後に僕の親子キャンプのハウツービデオにある「竹ハウス」になっていく。 この「竹ハウス」は、他団のリーダーを結構驚かすものになった。 なんと言っても身近な素材を使うというところがミソだ。 2006/12/10 (カブ新聞01/11/12) 10月28日 恒例の芋掘りに行った。 前年はただ芋を掘るだけだった。 この年は、現場の近くに団のキャンプ場があるのでそこで芋トン汁を子供たちに調理させていただいた。 これならスカウト活動らしくなる。 あいにくの小雨だった。 そこで三番目の子に先回りさせてキャンプ場の炊事場にブルーシートでタープを張らせた。 実はこれが進化して僕の「親子キャンプ」ビデオにある「竹ハウス」になっていく。 雨だろうが何だろうが、よほどのことが無ければ活動を中止することは無い。 だから、屋外で雨対策は必須科目だ。 どうやったらうまくいくのだろうか、それを考える。 これが工夫の力、創造性へとつながっていく。 子供たちにそれを、お父さんが教えなければならない。 それを教わらない子が「いじめ」の問題にぶつかると簡単に自殺したくなるということではないだろうか。 先日、幼稚園の職員室に文部科学省からのいじめによる子供の自殺を食い止めるための提言があるのを読んだ。 スポーツ指導者、熟の先生、などに訴えかけていた。 肝心な「父親」が欠けていると思う。 子供に生きる力や、価値、人生観、それを教えるのは父親だ。 いつになったら、この当たり前のことに気付くのだろうか。 父親の責任を、別のところに求めても根本解決はしない。 与えられた条件でどうやってベストを尽くして生きるか、それを子供のときから鍛えるのと、ただ熟で暗記ばかりして育つのでは、「生きる心構え」が違って当然だ。 いつになったらこのことに気付くのだろうか。 話しは変るが、ビデオ屋で喰っていこうと憧れる人は多い。 しかし、簡単に挫折する。 それもこの「どうやったらうまくいくだろうか」とは考えずに「あれが悪いから、これが悪いから、」という人たちだ。 もう何人も見た。 自分に都合のいい条件で簡単気楽にうまくいくべきと思っている。 そういう生き方が染み込んでしまっている。 おそらく晩婚問題もこれが一番の原因だろう。 自分に都合のいい男を待っている。 そしてその男の条件をいくつも付けている内に、だれも声を掛けてくれなくなる歳に・・・。 それが失敗の根本だ。 男の子でも、女の子でも、生きる上で大切な心構えをお父さんが教えよう。 僕の提唱する「親子キャンプ」はそれを具現化したプログラムだ。 気楽ではないが、愉快で面白い。 一人でもそれに気付くお父さんができますように。 2006/12/09 (カブ新聞01/11/12) 10月14日 地図の記号を覚えることを目標にミニハイクをした。 「体験で覚える」という見本のような活動だ。 記号を暗記してテストをするのが学校教育だ。 この日は、出発前に三番目の子がリーダーで地図記号を見せて、地図上でどこにあるか調べて実際にそのコースを歩いた。 本当にあるかどうかまるでゲームのようにスカウトは、記号の目標を捜した。 全部の記号を覚える必要はない。 ただ、地図の記号があることを身をもって知ればいい。 あとは大人になって必要なときに覚えればいい。 それはロープワークでも同じだ。 ちなみに、僕はスカウトのリーダーをするのでロープを覚えた。 40歳過ぎにだ。 お父さんも覚えよう。 面白いって! 余談 この間、幼稚園で餅つきがあった。 いつの間にか、火守り役になっている。 そこでは、餅の全量をセイロでふかして杵でつく。 だからカマドが4つもある。 廃材の材木を適当な大きさにするのだが、ノコギリとナタ、そして手斧、ミニスコップを持参している。 去年はお母さんがノコギリにハマッた。 今年は三人のお父さんに手斧が好評だった。 実際はノコギリの方が作業は早い。 しかし、男の性なんだな。 手斧でブチ割ってみたいものなんだ。 ストレス解消。 こういう時の男の目は輝く。 幼稚であってはならないが、少年のように純粋になれると男は輝く。 そう出来ている。 2006/12/08 (カブ新聞01/11/12) 10月6日 宝物さがしをした。 このころの履修で「秘密の暗号」というのがあって、それを使って宝の地図を解読するゲームをした。 前年同様、「追跡」というのもした。 ただ、去年のネタが使えないので宝物の隠し方や、ルートをまったく変えた。 今思うと、プログラムをこうして考えるのは結構な創作活動だ。 不思議なぐらいにこのころは、それを思いついた。 たぶん昔、スキーの企画を立てた賜物だろう。 なんでも練習量に比例して上達するものだ。 余談 昨日の夜は、ビデオ屋の集い−ビデオナー・ビズネット−の例会があった。 10周年事業の骨子と役割分担を決めた。 いつも例会の前に僕が「10分間講習会」というのをやっている。 僕の「卒業ビデオアルバム制作」の本を使う。 昨日は、それを持っていくのを忘れたので、アドリブで「営業」について触れてみた。 それで分かったことがある。 それは、みんな最新の機材には非常に興味を持つが、この営業の話しとなるとシ〜ンとすることだ。 「商品開発」と「商品化」の違いについてやったのだがただの机上論にしか捉えてくれない。 まぁ、語り方が下手というのもあるだろう。 しかし、これが分からないと効果的な売り込みができない。 要するに営業活動全般が憂鬱な話しの様子だ。 それと宗教は全然関係ないが、その話しをするのと聴衆は同じ反応を示す。 不思議なぐらい同じだ。 これはなぜだろうか。 逆の例もある。 ファストフードのフランチャイズチェーンの大会をビデオで撮ったが、その中でのトップの話しでは、「理念」や「生きがい」といった言葉がポンポンでてきた。 そこに集まっているいろいろな立場の方たちは一様に聞き耳を立てている。 宗教と営業は、気楽ではないというところがどうやら共通のような気がする。 どちらも無視をすると「成功」が遠くなる。 昨日は、初めての方で、同じ写真事務所の四人の方が来た。 そのうちのリーダー格の方だけが僕の話しを真剣に聞いてくれた。 印象深い。 2006/12/06 (カブ新聞10/10/25 号外) ここに行き着くまでの道のりが長かったことったらありゃしない。 さて、ビーバー隊だったころの子が学校に作文を提出した。 それが評判で保護者も感動して僕のところに持ってきた。 素晴らしい。 さっそくその作文をカブ新聞の号外として発行した。 以下そのスカウトが小学校一年生のときに書いたものである。 国さいボランティア ぼくは、・・・ビーバー隊・・・に入っています。 さいしょは、遠くまで歩いたり、カンカンひろいをするのがとてもいやでした。 でも、だんだんやっているうちに、すきになっていきました。 なんでかというと、ちがう学校のともだちがたくさんできたからです。 そして、なにかあると「がんばろう!」とはげましあうからです。 みどりのはねぼきんうんどうをやったときは、えきで大きなこえを出すのがすこし、はずかしかったけれど、あつまったお金が人のためになることを聞いて、とてもうれしかったです。 ・・・・・ ぼくと同じようなこどもたちが、食べるものがなく、病気とかでくるしんでいることや木や花、自然がはかいされているなど聞いてかなしくなりました。 ・・・・・ たくさん、べんきょうをしてちがうくにの子どもたちとともだちになりたいとおもいます。 学校の道徳とは、教育効果が違うと思う。 僕もあまりの感動に感想を寄せた。 なんだか隊長泣かせのいい作文が届きました。 ・・・が小学校に提出したものらしいのですが、・・・のお母さんが感動して僕に見せてくれたのです。 僕が集会でできることは、せいぜい月に2〜3日、一回3〜5時間です。 それだけで・・・のような心が育つのでしょうか? まずは、教育効果の高いボーイスカウト運動を考えたベーデン・パウエルを称えましょうか。 それとなんと言っても、子供に圧倒的に影響があるといわれる家庭教育がしっかりしているのがこの文章に表れたのだと思います。 家庭では、その家族の宗教に基づいた躾や人生観を教えなければなりません。 ボーイスカウト運動は、社会教育の場とされていて、学校や家庭では味わえない仲間や友情、そういった他人との関係を築いていけるものです。 ・・・の作文にそのことが良く表現されていてそれが僕を喜ばせてくれてます。 身近な人に友情を示せる、それは世界平和の第一歩ではないでしょうか。 僕はこう思います。 自分の人生の喜びを、お金や物に頼る生き方から、自分と他人との関係で喜びのある人生になっていって欲しい。 そして、いつかきっとそれよりもっと昇華して自分と神様や仏様の関係で本当の人生の喜びを味わうスカウトになって欲しい。 隊長は、そのためのガイドさんなんです。 ボーイスカウト運動は、「明確な信仰を青少年に奨励する我が国唯一の運動である。」 ちなみに、このご家族は仏教系新興宗教だ。 家庭内で宗教教育をちゃんとしていることが分かる。 小学校一年生がこれだけの志を持っていることにたまげるではないか。 幼稚であってはならない。 幼稚は魂の衰弱だ。 悲劇の根本だ。 幼稚であってはならない。 この子の作文は、大人にそう語りかけてくれている。 2006/12/04 おまけ いつもは朝の6時に書き込んでいるのだが、今は夕方の6時半。 プリンター99%カットのビール風味の発泡酒で大切な儀式中だ。 そこにいつもの風変わりなパソコンの先生から電話があって、この欄は、 12月だから11月の分を消すよう指示があった。 せっかく月替わりの整理をしてくださっているのに意味が無いからだ。 なるほど・・・。 しかし、それで分かったのだが、この書き込みの読者が一人いたのだ!! これは画期的だ。 サンキュー! さてついでながら、明日は朝5時半出なので書き込めない。 (僕が)残念! 2006/12/04 (カブ新聞01/10/4) 9月30日 市民パレードに参加した。 僕が隊長になって二回目だ。 また、スカウトたちの服やら弁当やらを50gのリュックに詰めて、行進が綺麗になるよう「もうちょっと右、いやいや左・・・」と歩道から、時に前に出て指示した。 ともかくこのために何の練習もしていない割にはスカウトたちはマジメに答えてくれていた。 新聞には、今年の仲間と題して全員の顔写真がでている。 団委員長、隊長、副長一名、デンコーチとして三番目の子、スカウト全員カブ隊、当たり前か、7名。 実にこじんまりしている。 保護者のリーダーで「デンリーダー」という制度がある。 前年度に一名いたがまったく協力してもらえなかったので、その年は、保護者の間で必ず一名補助で参加するよう頼んだ。 持ち回りで手伝ってもらえるようになる。 僕の四番目の子は、「くま」という学年名で最終学年になった。 最後なので思いっきり活動したいと言う気持ちがあったと思う。 そしてその通りやった。 2006/12/03 (カブ新聞01/10/4) 9月15日 BP祭と言って創始者を記念する活動をした。 街に捨てられたカンカンを拾う清掃活動だ。 学校では、ゴミをポイ捨てしてはいけないよね、と道徳的に言葉でお話しするような教育だ。 ほとんど効果は無い。 スカウト活動は、すべて実際にやってみる、それで体験教育と言う。 ゴミゼロ運動もそうだが、こうして実際に捨てられたカンカンを拾ってみる。 子供たちは、いやがおうでもゴミを散らかさないようになる。 僕が提唱する「親子キャンプ」では、子育てを目的にしたキャンプをしようというものだ。 そのハウツービデオで、撤収の時にサイトのゴミ拾いを勧めている。 自分たちのゴミではなくても積極的に拾うよう勧めている。 つまり、それはスカウトたちのゴミ拾いと同じ効果が期待できるのだ。 やって欲しい。 2006/12/02 (カブ新聞01/9/20) 9月2日 団行事として入隊上進式があった。 二人のスカウトがほとんど活動をしていないボーイ隊へ行った。 三人のビーバー隊の子がカブ隊になった。 四番目の子と同じ学年の子が一人新規で入った。 実は取引先の子で、その子は三歳のときから見ている。 これで全員カブ隊の子だけになった。 三番目の子は、まったく活動をしていないベンチャー隊に登録し、カブ隊の面倒を見ることにした。 この子はこのことでものすごく成長した。 カブ新聞では、なぜ9月に年度が変わるのか、その説明をしている。 さて、一年やってかなりやり方を学べた。 いよいよ活動日数も内容も、エキサイティングになります。 スカウトの様子も僕がビックリ仰天する成長ぶりを見せてくれた。 早く紹介したいが、一日一回の活動を書き込むことにしているので、我慢、我慢、・・・お楽しみに。 余談 僕は、ホームページの作成が出来ない。 いつもの風変わりなパソコンの先生が管理して下さっている。 この書き込みの月ごとの整理は、その方のお陰だが今朝、12月で新しい欄になっていた。 サンキューです。 しかし、もう今年も12月だ。 欄が変わったのでそれを実感したが、早すぎる! 滅茶苦茶時間が過ぎるのが早い。 たぶん、今生きていて負担が少ないからだろう。 相変わらずの貧乏生活だが、自分の仕事の開拓に必死だった30代、カブ隊の活動を通して子育てに死に物狂いだった40代、それらの苦しくもあり、面白かった年代が過ぎていった。 今は、まったく無風のナギだ、僕の人生は。 楽だがつまらない。 先日、ある幼稚園で発表会のリハーサルを研究用にビデオ撮影をした。 そこの園長先生は、幼児教育界で知られた方だ。 なぜか最近僕の取引先に赴任した。 幼稚園の発表会はもう20年撮り続けている。 昔はギャラ仕事で事務所の幼稚園を1シーズン17〜18ヶ園の発表会を撮ったこともある。 いろいろなものを見た。 そのリハーサル前に職員室でそこの発表会の特徴として、本質的なところで子供の育ちを考えた素晴らしい内容だということを主任の先生と雑談交じりに話した。 だが、田舎のこの街でその良さを理解されることは難しいな、と僕は付け加えた。 それがどうやらその園長先生の耳に入ってしまったらしい。 リハの前で、客席には出番外の子供たちがいる。 役員の保護者もいる。 そこにその園長先生が、この発表会の感想をビデオ屋の谷口さんに・・・・といきなり振ってきた。 僕は自分のビデオが回っている前に立つことに相成った。 油断をするといつ、なんどきに、災難が襲ってくるか分からない。 僕はこう語った。 「・・・こうしてね、劇の中でゴッコ遊びができて楽しいね。・・・じつはね、ものすごく大切なことなんだ。 そのことでみんなは、『工夫』する力がつくんだな。・・・」 ほんの数秒のスピーチで子供向けに話せなかったが、園長先生の目論見通り保護者に効果があった。 撤収のときに、保護者の一人に挨拶された。 2006/12/01 (カブ新聞01/8/24) 8月23日 ビーバー隊の保護者の強い要望で無料のパソコン教室を受けた。 まぁ、正直なところ、まったくBSに関係の無い活動だ。 ただ、保護者が積極的になってきたことを受け入れるべきだと思った。 ほんの小さい変化だが、この意識が今までにない前進だった。 子供は数回の集会で十分に乗ってくる。 しかし、保護者がその気にならなければ結局はダメだということに気付いた。 多くの親は、教育はいい幼稚園、学校、熟、に通わせることだと思っている。 だが、親自身が子育てを本気で取り組もうとしない限り、ほったらかしか、あまやかしの子育てになる。 しつこく言おう。 どんなペットでも、草花でも、育てるのにはそれなりの良い方法と言うものがある。 それを外せば上手に育たない。 このことが理解できないだろうか。 もし、そのことが分かるのなら、人を育てるのだって良い方法があって当然ではないだろうか。 その良い方法の最も基本的なことが、親の養育態度なのだ。 それが悪かったらいくらいい幼稚園、学校、へ行かせても「人として育つ」ということにはなりにくい。 具体的には、うつ病やニートになりやすい人に育つ。 よく幼稚園の入園式のときに聞くことだが、「幼稚園と保護者の連携でよい教育にしてまいりましょう。」というのがある。 聞き流されているような気がする。 そこが最も大切なことだ。 さて、これでなんとか第一年になった。 合計で年に34日活動した。 それまでより飛躍的に日数を増やした。 次年度は内容を充実させる目標にした。 なんと言っても、禅の体験を実施できたところが僕らしい一番の特徴だろう。 反省点はありすぎたが、結論を引き出す、そのためにできそうなことはためらわずやってみる。 これは僕が「卒業ビデオアルバム」を商品化した時とまったく同じ心構えだ。 子供たちにも、こうして人生を自分の力で、切り開くという感覚を身に付けさせたい。 余談 その「卒業ビデオアルバム」だが、YAHOOで検索すると今日現在でスポンサーサイトではない欄のトップに僕のホームページがでる。 なぜか、HPの一枚だけが載っかっている。 それだけこの仕事が珍しいということなのだろう。 写真の「卒業アルバム」は、歌謡曲でもフレーズに出てくるぐらい国民的支持を受けているけど、この仕事は極めてマイナーだ。 しかし、この仕事を残していくには若手の育成が必要だ。 僕は、自分の子供に継がせる考えは無い。 子供は、自分の意思で自分の人生を自由に生きていってもらいたい。 束縛はしない。 だから、志を持つ若い人を育てなければならない。 そういうことで個人のビデオ屋の集い−−VIDEONER BIZNET−−の活動に力を入れている。 この活動は、本年度で10周年だ。 よくまぁ、今までもったと思う。 この間、会長とも話したが、この節目で原点に戻ろうと思う。 我々の会の初めのカラーは、「営業」だ。 それが最近薄くなってきた。 いくら立派な機材があっても、ずば抜けた技術があっても、営業ができなければ永遠に商売にならない。 この仕事を目指そうと言う方が、一番ひっかかるところだ。 最新の機材があれば商売できると思っている。 物に頼る生き方だ。 自分が売ろうとする商品がハッキリしていて、それを売り込む。 簡単ではない。 断られても、これでもかぁ、これでもかぁ、とそこら中に営業をして今現在の僕の商売がある。 そこに必要だったのは、知識ではない。 志だ。 そして行動力だ。 子供たちにも、これからビデオ屋を目指す若い人にも、この生きる力を教えていきたい。 余談の余談 生きる力。 それをお父さん自身が子供に教えないから「いじめ」の問題が起こる。 いじめるのもいじめられるのも、生きる力がない証拠だ。 それが思春期の自殺とも大いに関係していると思う。 知識教育だけで本当にいいかどうか熟考願いたい。 |