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呼吸困難時に喘鳴を伴わない気管支喘息-喘息診断の落とし穴

臨床と薬物治療2000年10月号/第19巻第10号、1020-1021

気管支喘息は喘鳴を伴う呼吸困難発作を主徴とする疾患であり、我々内科医が取り扱う病気の中でも最も多いもののひとつである。
呼吸困難時には喘鳴を聴取するが、自覚症状が乏しいときには喘鳴が無いことが一般的であり、喘鳴が聞こえないからといってその存在を否定することは通常あり得ないことと思う。
しかしながら目の前の患者さんに呼吸困難感、胸部圧迫感、息切れなどの自覚症状があるにもかかわらず、喘鳴や低酸素血症などの他覚的所見が認められない場合、果たしてどのような診断が下されるであろうか。
今回提示するのはまさにそうした症例であり、心因性疾患や単なる感冒と考えられていた気管支喘息の症例である。

症例【1】 13歳、男性、中学生

主訴
2年前よりアレルギー性鼻炎に罹患していた。風邪の後に時々咳が続くことはあったが特に問題は自覚していなかった。 中学生になり体育の授業中やテニスの練習中に体のきつさや前胸部正中の圧迫感を自覚しはじめた。 他院や学校では肥満による体力の不足、根性の不足といわれ頑張ることを強調されていた。
所見
初診時、気道閉塞感や倦怠感を訴えるものの、経皮的動脈血酸素飽和度は99%と正常、肺雑音なく自覚症状に対応した異常所見は見出せなかった。しかし念の為ピークフロー値を測定してみると4.15L/秒と明らかに低下していた(同年齢男子の標準値は6.45L/秒)。
経過
クロモグリク酸ナトリウム吸入、プランルカスト水和物内服にて、安静時、運動時の自覚症状は完全に消失した。

症例【2】 16歳、女性、高校生

主訴
3年前より過度のイライラがあった時や、体育の授業中に呼吸困難を自覚するようになった。 他院では、「精神的なものであり異常はない」と診断されていた。
所見
初診時、呼吸困難感および気道閉塞感の訴えが強いが、喘鳴は聴取せず、経皮的動脈血酸素飽和度は98%と正常であり、自覚症状に対応した異常所見は認められなかった。 しかしながら、ピークフロー値は2.58L/秒と著明に低下しており(同年齢女子の標準値は6.5L/秒)、気管支喘息と診断した。
経過
プランルカスト水和物の内服を開始し、症状は徐々に改善している。

症例【3】 50歳、男性、公務員

主訴
母親と娘に喘息の家族歴がある。3週間前より咳、痰が出現し改善しないため当院を受診した。経過中、喘鳴の自覚はなかったが、全身倦怠感が徐々に増悪していた。他院では感冒と過労と説明されていた。
所見
来院時、呼吸困難感があったが、経皮的動脈血酸素飽和度は95%と正常下限であり、胸部に喘鳴は聴取されなかった。胸部X線撮影は正常。肺活量は4.04Lと正常であったが(同年齢男子の標準値は3.7L)、ピークフロー値は、2.37L/秒と著明に低下していた(同年齢男子の標準値は11L/秒)
経過
プランルカスト水和物内服、ツロブテロールテープを使用し、2週間後には自覚症状は消失し、ピークフロー値も7.94L/秒まで改善した。

【考察】

気管支喘息の病態理解が「気道の過敏性と可逆的な気道狭窄を特徴とする発作性疾患」から「気道のアレルギー性炎症を基本病態とする慢性疾患」へと変遷し、約10年が経過した。
治療の中心を気管支拡張剤から吸入ステロイドへと移行させることによって喘息のコントロールが随分と容易になってきたという手ごたえを、多くの臨床医が持っていることと思われる。
最近ではロイコトリエン受容体拮抗薬の効果も確立されたものとなり、さらに経皮吸収型β刺激薬が登場したことにより、喘息患者のQOLが10年前と比べると格段に改善されつつあることは、まさに医学の進歩であると実感させられる。
こうした医学の進歩のなかで筆者が問題と感じることの一つが、喘息はまだまだ見逃されやすい疾患かもしれないということである。
喘息発作の典型例では、呼吸困難や喘鳴を認めるため医者でなくても診断はむずかしいものではない。
また、発作時には喘鳴を伴う呼吸困難を示すが、非発作時には健常人と変わらない症例(夜間や早朝のみ発作を起こす症例など)では、診察時に発作がない場合には胸部に喘鳴を聴取しないことが多いと思われるが、それはむしろあたり前のことであり、喘鳴が聴取されないからといって喘息が見逃されることは少ないであろう。

問題は今回提示した3症例のような場合である。
3例ともに、呼吸困難感の自覚症状があるにもかかわらず、喘鳴が全く聴取されなかった事が共通点である。
他院で見逃されていた理由はまさにこの点にあると考える。
「気管支喘息は喘鳴を伴う呼吸困難の発作を繰り返す」という従来の疾患概念からすれば、呼吸困難があるにもかかわらず喘鳴がない場合には、直感的に喘息以外の疾患を考えるのはむしろ自然の成り行きかもしれない。
さらに、喘息がストレスや過労などで悪化しやすいことが、心因性疾患(症例1、2)や風邪と過労(症例3)と診断されたもう一つの要因であったように思われる。
本例では、ピークフロー値の低下を証明して喘息と診断し、治療することができたが、こうした客観的指標がなければ診断は困難であったと思われる。
呼吸困難や気道閉塞感の自覚があっても喘鳴がない場合には、一般の人は自分が喘息であるとは夢にも思わず、調子の悪い時には苦しくて思うように体が動かず、辛い日々を送っていることであろう。調子がよい時の何でもできる状態との違いの大きさが説明できず、自分の事を怠け者や躁うつ病などと思うことも多いと聞く。
そうした生活から脱却するために医療機関にかかったものの、「精神的なもの」と診断されてしまうと、解決の糸口を与えられないまま放置されてしまう事になる。
長い間そうした苦しみを経験したという患者は決して少なくはないはずである。
本稿がこうした見逃されやすい喘息患者にとって、一人でも多く現在の進歩した治療を受けることができるための手助けとなれば幸いである。

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